曼殊沙華

 今年も、 秋分、秋の彼岸が近づくとともに、あちこちに曼殊沙華が咲いた。近年のように、八月には35度を超えるようは猛暑が続き、九月になっても、30度をなかなか下回らないうちに秋分の日がやって来てしまっても、曼殊沙華はまるで暦を知っているかのように、決まってあちこちに独特の形をした真っ赤な花を咲かせ、季節の到来を告げてくれる。

 彼岸花とも言われるように、やはり秋の彼岸の象徴でもある。曼殊沙華は20〜25度ぐらいが開花の適温だと書かれているが、そんなことを無視してまで、彼岸に合わせて間違いなく、あの独特の花を咲かせてくれるような気がしてならない。

   曼珠沙華 暦も形も違わずに

 曼殊沙華とは梵語で、「紅色の花」「天界に咲く花」という意味だそうで、その花言葉には「悲しき思い出」とか「諦め」「独立」「情熱」などというようなものがあるそうである。

 曼珠沙華の見られる典型的な風景は、黄色く穂を垂れかけた稲田の畔に、真っ赤な曼珠沙華が群生し、黄色と赤のはっきりしたコントラストを作っている景色ではなかろうか。多くはあちこちに小さな赤い群を作っているのが見られるが、所によっては、あたり一面の大群落を作り、観光名所になっている場所もある。かって琵琶湖の辺りで、真っ赤に染まった曼珠沙華のお花畑を見たことを覚えている。

 この花の特徴は、他の花と違って、花の咲く時には葉がなく、真っ直ぐに伸びた茎の上に独特の形をした真っ赤な花がついているだけのユニークな姿で、葉は遅れて春に見られるのだそうである。こう言う特異な外観と、お彼岸に一致して咲くこと、更には球根には毒を含んでいることなどから、彼岸の時期に、まさにあの世の彼岸を感じさせる花となったのであろう。

 地獄花、死人花、幽霊花、捨て子花、毒花、痺れ花、狐花などといった色々な名前があるそうだが、それも判るような気がする。身近にありながらも、その独特さが人々との特別な関係を結んで来たのであろう。

 平素はすっかり忘れていても、曼殊沙華が咲いているのを見ると、何か懐かしく、秋を感じ、彼岸を思い、遠い冥界にまで想いを巡らすことになるのである。