可哀想な彼岸花


 今年は地球の温暖化の影響かどうか知らないが、もう九月も終ろうというのに、毎日三十度を超える猛暑日が続き、熱射病の警戒警報さえ出されている。

 こんな猛暑が続いた夏の後では、お彼岸になっても、彼岸には必ず咲く彼岸花などはどうなるのだろうかと気になっていた。そこで、彼岸の日の朝の散歩の時に、例年彼岸花の見られる近くの公園に行ってみると、小振りではあるが、ちゃんと忘れずに咲いているではないか。

 安堵の上、彼岸花にしても、地中の温度の変化を感じて芽を伸ばし、花を咲かせるのだろうが、こんなに暑い日が続いていたのに、如何にして季節を見計らうのだろうかと不思議な気がした。

 ところがやっぱりどこでもそういうわけにはいかなかったようである。彼岸が過ぎてから、朝の散歩の時に注意して見ていくと、毎年見られる川沿いの道端にも彼岸花が咲いてはいたが、その小振りで貧弱なこと。それにまだ開花に至らず、茎だけが伸びて、先端に少しだけ赤色を見せた何とも哀れで寂しげな彼岸花があちこちに2〜3本ぐらいの小集落を作っているのも見られるではないか。

 同じ彼岸花と言っても、個体差も大きいだろうから、季節に敏感なものから鈍いものまで色々あろうが、やっぱり今年の猛烈は酷暑の影響は彼岸花の成長に大きな影響を与えたのではなかろうか。

 何とか茎だけ伸ばしたものの、まだ花を咲かせるには至らない彼岸花の姿は可哀想としか言いようがなかった。酷暑の連続にもどうにか耐えて、わずかな温度の変換にも気付いて、ようやく茎を地上に出したものの、まだ花を咲かせる前に、もう彼岸も過ぎてしまったのであろう。

 彼岸に何とか間に合わせようとしたのだが、どうにもならなかったかのようで、か細い茎の先にほんのちょっぴり朱を覗かせた姿が、必死に努力したのだが間に合わなかったと言っているようで、何だか哀れというより、可哀想な気がしてならなかった。

 地球の温暖化が進み、毎年のように夏の酷暑が続けば、やがて彼岸花もどうなることであろうか。もう2−3年も経てば、彼岸には彼岸花は見れれなくなって、曼珠沙華は十月の秋の花ということにになってしまうのであろうか。