私の靴の履歴

 まだ日本に軍隊があった頃、陸軍では皆軍靴を履いていたが、軍靴は個別に作られたわけではなく、限られた決まった寸法の中から選ばなければならず、「足に靴を合わせるのではなく、靴に足を合わせろ」と言われたものだった。

 そこで多くの兵士たちは少し大きい目の靴を選んで、厚手の靴下を履き、靴紐をしっかり結んで足首を固定し、靴の中で足があまり圧迫されないようにしたものだったようだ。そんなことから、足の割りに大きな靴でドタドタと歩くことになり、「ドタ靴」などと言われていたものである。

 軍隊でなくても、靴は今ほど発達していなかったので、自分の足にピッタリという靴を探すのはそれほど容易でなく、「ドタ靴」が多く、靴擦れが出来たり、足指の変形が起こったりすることも珍しくなかった。そのため、足指を保護したり、痛みを回避するために、それぞれに、厚めの靴下や、綿や布、膏薬など、色々と人には言えない苦労がなされたものである。

 少しゆとりのある靴で工夫する方が楽だが、当時の重かった靴はいっそう重くなった。重い靴は履いていると疲れ易い。特に私は重い靴を履いていると人一倍足がだるくなるので困った。

 戦後すぐは、下駄が多かったので良かったが、次第に靴を履く機会が増え、「ドタ靴」を履かねばならないことが多くなった。我慢して履かざるを得なかったが、時代とともに色々な靴が次第に出回るようになってきて、靴の選択肢も多くなってきたのが幸いであった。

 当然、私が目指したのは、軽い靴であった。色々手に持って軽い靴を探したり、最後は、ぶら下げて計量する測りを持っていって、目方を測って靴を選んだこともあった。

 そのうちに 先輩が軽そうに履いている靴を見て、「エアーシューズ」と呼ばれたスリッポンの靴が、見かけも革靴様でスマートなデザインで、しかも何よりも軽くて気に入ったので、それを求めた。

 履いてみても気に入ったので、しばらくそればかり履いていたが、当時は今ほど流通も良くないので、なくなったら困ると思い、何足も買い溜めたものだった。もう随分昔のことなのに、先日物入れの奥からから、その時に買ったエアシューズの新品が一組見つかったのには驚いた。

 当時はこのように、軽い靴、軽い靴と探していたものだが、80過ぎた頃に、同じ歳の友人が足の衰えを防ぐためと称して、わざわざ何キロかの重りをつけた靴を履いていることを知り、同じ靴でも色々ありだなと感心させられた。

 戦後、時代が進むとともに靴の種類も多くなり、輸入品なども増えてきた頃には私も熟年となり、世の中も大量消費の時代となり、私も、その時、その時で随分色々な靴を買うことになった。

 ある時はハレの日用にと、たまたま買ったのがBALLYの靴だったのだが、その後、ある時、他の靴を買う積もりか何かで靴屋を覗いた時に、靴屋に「いい靴を履いてられますね」と褒められて、そんなよい靴だったのかと知り、その後は、大事にして特別の時にしか履かないようにしていたら、今でも健在で、靴入れの棚に眠っていた。

 初めの頃は、紐付きの革靴がメインであったが、時代の趨勢や履きやすいこともあって次第に紐のないスリッポンとか言われる靴が多くなった。いくつも履き潰したり、余分に新たに何足も買ったが、履いてみると色々細かい違いがあるものである。

「これなら結婚式でも履いていけます」と勧められて買った新品の靴を履いて金沢での学会に行った時のこと、ひどい雨降りにあい、その靴が雨漏りしたのか、足までびしょ濡れになって、学会場の暗がりでそっと靴を脱いで、靴下を乾かさねばならないひどい目にあったこともあった。

 また、日本では靴を脱いだり履いたりすることが多く、やっぱりスリッポンのような靴が便利なので、それを求め利用することが増えた。普段用、ビジネス用に色々利用したが、色々で、靴というものはしばらく履いて履き慣れないとなかなか良いかどううか判断しにくいものである。

 新しい靴を履いて遠出をすると、どうも災難に遭い易いようだ。スリッポンの靴を愛用していた頃に、富山で学会があり、丁度、越中八尾の曳山祭りの日だったので見物に行った。ところが駅を降りてからが思いの他、長道だったからか、足の親指が圧迫されて血腫が出来、それ以来長期間に渡って足爪の変形が続くことになってしまった。

 そんなこともあり、いつも歩き易い靴を探していたので、いわゆるウオーキングシューズの類をよく探したが、ズック靴のようなものは生活に合わず、一見ビジネスシューズ風のウオーキングシューズを選ぶことが多かった。

 そんな中で選んだのが、メフィストウオーキングシューズで、これは横幅が広くて歩き易く、軽い上、上品なので割高だったが気に入り、黒や茶の靴を、結局3足買い、かなりあちこちへ行ったが、海外旅行は殆ど全てこれを履いていったことになる。

 しかし歳をとって近くを散策することが多くなると、見かけより、もっと軽く、それなりに開発されたウオーキングシューズが良いだろうと思い、今度はアシックスなどの運動靴専門店で足に合った靴を求めるようになった。 足が蒸れないように側背部分がメッシュになった靴を勧められて履いていたこともあった。

 靴紐を結んだりする不便さはあったが、よく足にフィットして近くの山野の散策に利用していたが、ある冬に金沢に行った時、歩き易いし滑り難いからと思ってその靴を履いて行った。

 雪道でも滑りにくくて良かったのだが、思わぬ落とし穴があった。金沢には凍結防止のために道路に水の噴き出す施設がある。道路を横断しようとして途中で、うっかりその噴水に捕まり、上から水が降って来てたちまち靴の中がびしょ濡れになってしまった。仕方ががないので、金沢駅の案内所で長靴屋を紹介してもらおうと思ったら、そこで長靴を貸してくれたことがあった。

 ただ、その靴は気に入っていたので、履き潰した時には、その2台目として、今度はメッシュのない靴を同じアシックスの店で買った。そのようなウオーキングシューズは気に入っていたが、街中のビジネス用には向かない、そこで今度は、ミズノが街用のオーキングシューズを売っていることを知り、以来街用にはそれを履くようになった。

 これは一見、黒革のビジネスシューズと変わらず、ただ紐でなくチャックで閉められるので着脱が便利である。しかも歩き易いので、気に入って底がすり減るごとに買い直し、今持っているものが3代目に当たる。序でに言えば、買い換える時に古い靴も職人さんが磨いてくれたが、その磨き方がすばらしかったことを今でも覚えている。

 こうして靴はその用途に合わせて色々履き分けるようになった。近くの買い物やお寺などで靴を脱がねばならない時にはスリッポン、野山の散策にはアシックスの靴、街へ行くときはミズノのシューズ、旅行はメフィスト、晴れの場合にはBALLYまたはクラシックな革靴という具合に履き分けている。