犬も歩けば棒に当たる・・・オバマのギャラリー

 オバマのギャラリーといっても元のアメリカ大統領のオバマ氏のギャラリーではなく、福井県小浜市にあるギャラリーであることを最初に断っておく。8年前オバマ大統領が就任した時、呼び方が同じだというだけで一部の人が騒いで、オバマ大統領が来日したときには是非小浜にも来てもらおうという運動がされたようで、成功はしなかったが、多少は小浜市の宣伝にはなったのであろうか。

 それはともあれ、小浜市は若狭の中心都市で、江戸時代には松前船の寄港地でもあり、敦賀と並んで日本海の要衝として賑わったそうだが、明治になって鉄道が発達すると、東からの北陸線敦賀から南に下り京阪神へ向かい、西からの山陰線も豊岡から福知山の方へ抜けて、小浜はその間を結ぶ若狭のローカル線だけが通る町となり、落ちぶれてしまったようである。

 とは言え、敦賀は越前であり、小浜が若狭地方の中心都市であることには変わりなく、京都に繋がる鯖街道の出発点でもわかるように、古代より御食国(みけつくに)と言われ、京都の食文化を支えてきた町であり、浜焼き鯖寿司や小鯛のささ漬けなどの海産物や若狭塗や塗り箸などは今も有名である。

 観光スポットとしてもまだ若い頃に一度行ったことがあるが、海蝕による奇岩、洞窟、断崖を見せる海岸線が目玉の蘇洞門の観光船なども知られている。

 しかし、小浜にはわざわざ出かける用もなく、どこかへ行く途中でもないので、半世紀も以前に訪れてから後は、大阪からそれほど遠くもないにもかかわらず、訪ねる機会もないまま忘れ去られていた。

 ところが先日の夕食時に、女房がいつどこで貰って来たものか分からないが、小浜市の観光パンフレットが偶然に食卓にのっており、それがきっかけでオバマと小浜の話などが話題に上った。パンフレットには小浜市の地図まで乗っていたので、日帰りでも行けるところだし、それなら一度行ってみようということで話が纏まり、早速翌日が二人ともに都合が良かったので、早起きをして出かけることとなった。

 大阪駅から出発して京都で乗り換え、湖西線近江今津まで行き、そこからJRバスで約1時間、途中で鯖街道に入ってJR小浜駅に着いた。そこで観光マップを広げ、先ずは杉田玄白の出身地らしいので、その記念病院の前に行き、玄白像を見、近くの市役所、公民館などに立ち寄り、古い市場を通って浜焼き鯖を見たり、鯖街道資料館などを覗いて、町の駅と称するコミュニティセンターのような所に来て一休み。

 そこで再現された昔の芝居小屋(旭座)を見て、案内人の説明などを聞いてから、近くにあった狛犬の多い八幡神社にもお参りしたりした後、浜辺に近い古い町並みを散策していた。

 すると、初め私は気がつかなかったが、前を行くそこそこ高齢の女性が何度か振り返って我々を見ていたようだが、とある古い酒屋の前で、「ちょっと寄り道して行かれませんか」と女房に声をかけて来た。何でも「裏の酒蔵をギャラリーとして催し物をしているので見て行かれませんか」ということであった。

 導かれるままに建物の裏側へ入ると、裏庭を挟んで立派な古い酒蔵があり、ちょうど蔵の重い扉を開いて催し物を始めるところであった。その時点では、田舎のこのような場所での催し物だから、書画、骨董、お華の類か、あるいは細やかな工芸、手芸品といったものの展示であろうと思ってあまり気乗りがしなかったが、蔵の前まで来てしまった以上一応は覗かない訳にもいかない。

 呼び込んだご婦人は自分も出品者の一人で「お客さんを連れて来たよ」と意気揚々である。女房を先にしぶしぶといった感じで、幅の広い蔵の敷居をまたいで少し薄暗い中に入った。

 ところがそこでびっくりさせられた。展示は全て抽象絵画ばかりである。古びた蔵は内壁を剥がし、壁の芯になる古い木の柱や壁がむき出しになっており、床も外して土壁を固めている。その薄暗い古びた頑丈そうでやや荒っぽい感じの壁面とモダンな抽象造形がよくマッチしているではないか。こんな田舎でこの斬新とも言える構成はどうして出来たものか、一瞬度ど肝を抜かれたような驚きであった。

 しかも、この展示の出品や世話役の人などがおられたが、皆そこそこ高齢の方ばかりである。世話役の人も七十いくつかということであったが、ご自分の作品をまず紹介していただいた。元々は主に白黒の作品を作られていたそうだが、色が欲しくなったとかで、今回は色々な色の、色々な大きさの球体がお互いに接点でくっつき合いながら画面の横の端まで際限もなく拡がっている図で、色々違った人々がつながりながら世界の果てまで拡がっている様や願望を表現したものということであったが、老人が描いたとは思えぬ若々しさがあった。暗くて荒々しい蔵の壁面によく似合っていた。

 京都の美大を出て地元で学校の教師をしておられたようで、それなりのキャリアーを積んだ画家で、色々と作品のことから発展して、自分のことや社会、政治のことまで話が弾み、思いもかけず楽しいひと時を過ごすことができた。

 他の人の作品も結構レベルが高く、山持ちの人は自分の山から切り出した木目の綺麗な材木を組み合わせ、一部に真っ赤に塗った板をも加えた作品も強烈で面白かったし、黒っぽい板の組み合わせに木の葉などをコラージュした作品に、一点真っ赤に塗った本物の鯖の骨格がぶら下がっているのも目を引いた。

 また興味深かったのは地面にその人の奥さんのものであったろう黒と赤の帯を広げて伸ばした上に、本人が消費した幾十ともしれないタバコの空き箱を全て真っ赤に塗り込んで並べている作品も、長年の夫婦の歴史を象徴しているようで興味深かった。

 作品鑑賞の後もお茶とお菓子までいただいて話し込んだが、全く思いもかけない出会いにすっかり有頂天になってしまった。「犬も歩けば棒に当たる」といわれるが、思わぬところで、思わぬ出会いが待っているものでる。ちょっと歩く時間や場所が違っていたら、ご婦人にも会えず、完全に素通りしていたところである。偶然とは恐ろしいような有難いものである。

 もうこれだけで小浜へ来た値打ちは十分にある。満足して喜んでおいとましたら、そこへ来ていた一人が後から追って来て、私は箸職人だが今日の出会いの記念に私の作った箸のセットを貰ってくれないかというではないか。初めは一瞬箸のセットを売りつけるのではないかと思ったが、そうではなく、ただこの出会いの記念に差し上げたいだけなのだと言って、止めてあった車から塗り箸のセットを取って来てプレゼントしてくれるというおまけまでついた。本当に有難いひと時であった。

 思わぬ楽しい出会いに時間をとったので、後はもうどうでも良いという感じも手伝って、初めに計画していた展望台行きなどはカットして、海岸沿いを歩いて海の駅のフィッシャーマンズワーフや食文化センターのある築港まで行き、そこで新鮮な魚料理の昼食をとり、鯖の浜焼きを直売所で求め、あと少し街を散策してから早い目に帰途についた。

 小浜の町自体は海の駅、まちの駅、道の駅などを作り、古い町並みの保存をしたりしてそれなりに色々努力している様がうかがえたが、他に特記するほどのものは見当たらなかった。しかし、今回の小旅行は何と言っても酒蔵ギャラリーの現代アートで十分満足させられた。偶然の出会いに感謝するばかりである。

 出会った人たちには失礼にあたるかも知れないが、思うに、こんな日本海に面した場末とも言える田舎町での老人の集まりが、こんな素晴らしいことをしていることに感心させられるばかりである。最近の地方での音楽祭や芸術祭などの浸透と合わせて考えると、今やこの国でこれほどまでに文化が染み通っているのかと驚かされる。

 今や少子高齢化で人口は減り、田舎の衰退は目に余るぐらいだが、そこでこんなに染み通った文化が蓄えられ、育まれていることは貴重な財産ともいうべきであろう。人口は減り経済は衰退しても、このような文化は何とか引き継ぎ、育てて行きたいものである。

 安倍政府などは未だに夢よもう一度とばかりに産業振興、経済成長しか考えない発展を目指しているが、現実の社会を見れば、それはもはや見果てぬ夢である。それよりここらで目指す方向を変え、経済発展よりも人々の幸福や文化の豊かさを目標とする方向に将来の展望を変えるべきではなかろうか。

 今回偶然に見たこの小浜の現状だけから見ても、目先を変えれば、この国がユニークで文化的な国として、どこからも尊敬される国として発展できる道のあることを示唆してくれているような気がする。そんなことを頭に浮かべながら帰って来た次第であった。