補聴器と集音器

 歳をとると五感が衰えるが、中でも困るのは視力と聴力である。それに対する対策として、視力については眼鏡があるが、聴力については眼鏡ほど気軽に使えて聴力を補ってくれるものがない。補聴器があるではないかと思われるであろうが、補聴器は眼鏡ほど気軽に使えないし、役に立たない。

 歳をとって聞こえ難いと、周囲からは「勝手ツンボ」だなどと言われやすいが、聞こえ難いいと言っても、すべてが聞き取れないわけでなく、聞こえ難いので聞き間違いが多くなり、注意を集中して聴くかどうかでも違ってくる。大事なことは聞き取れても、どうでも良いことは聞き流しているので、余計に聞こえなかったり、聞き間違いが多くなるのも問題である。また母音は聞き取りやすくても子音が聞き取りにくく、聞き違えが起こることになり易い。

 そんなところに、最近、眼鏡屋さんで補聴器を扱うところが多くなり、近くに「タダで補聴器の相談をします」という所が出来たので覗いてみた。専用の聴力検査室まで拵え、パソコンのプログラムに沿って色々検査した上、丁寧に補聴器の説明をしてくれた。価格はピンからキリまであり、一番安いので20万円、色々な機能が加わって来て、高いのになると50万円もする。両耳にすると100万円である。

 それも耳に入れる小さなさなものがケースに入っている。うっかり落とすかも知れないし、眼鏡の上にまた補聴器というのも煩わしい気もする。それに、これまでの補聴器の印象があまり良くない。以前に少し年上の先輩で補聴器を持っていた人を二、三人知っていたが、どの人も皆ずっと常用しているのではなく、講演を聞く様な時にだけ利用していて、平素はケースにしまったままで、これが50万円だとか言って自慢しているだけであった。

 どうも補聴器は問題も多くて扱い難く、老眼鏡ほどには馴染めず、使い難いものの様である。小さくて高いものだけに扱いにも慎重でなければならないであろう。そんなことを考慮すると、95歳という当方の年齢から考えると、どうも割に合わないものに見える。自分が死んで残しても誰も利用出来ないであろうし、購入するのはひと先ず止めた。

 世には補聴器の他に集音器なるものもある。補聴器は医療用品で、個人的に調整して使うもので、認定されたものでないと使えないが、集音器の方は外界の音を強めるだけの様なもので、これにも色々な種類があるが、家電の一種とされている。

 丁度その頃、広告でソニーの集音器を見たので、ソニーの店に見に行った。こちらは4〜5万円ぐらいのものである。安いので一度試してみようと購入した。

 早速、夕食時に試してみた。食卓からテレビまで10米ぐらい離れているので、普通のボリュームでは聞き取り難いのだが、集音器をつけると成程よく聞こえる。これはしめたと思ったが、集音器というだけあって、周囲のすべての音を拾うことになる。すぐ横の流しの水の音がやかましいし、骨伝導も大きくするので、自分の食事をする咀嚼音がうるさくて気になる。

 食事がすんでリビングに移れば、TVの音はよく聞こえるのだから、食事の時だけわざわざ集音器をつけて聞くのも煩わしい。時々充電もしなければならない。というわけで、結局いつもは使われないことになった。

 それでも音楽会の時には役に立つのではなかろうかと思われた。というのも、昨年音楽会に行った時、座席が一階の後方の、上階の天井の下だったので、音の響きが悪く、折角期待して行った音を楽しむことが出来なかったことがあったからである。今年の正月にもまた音楽会に行く機会があったので、今度は集音器を役立てようと思って持参した。

 今度は3階のバルコニー席で、舞台横の真上の様な座席であった。今度こそ補聴器が役に立つかもと思ったが、奏者の真上に近くで視界は良くなくとも、音は良く聞こえる。折角持って行ったので、集音器を試してみたが、普通につけると音が大き過ぎ、急いで音をしぼったが、音は普通になっても、何か機械的な雑音の様なものが混じる感じで、消した方がずって音がピュアに聞こえ、結局、集音器を外してしまった。

 補聴器だと違うのであろうが、それにしても音楽会などで音を聞く様な時には、やはり裸の音を聞くのに越したことはない様である。もちろん劇場でもマイクを中空に下げたりして、電気的に拡声している様であるが、個人的に使用する様な代物とは違うのであろう。

 この様なことで、結局買った集音器はあまり使われることなく、いつでも充電出来る状態で置かれたままになっている。難聴が治ったわけでもないので、相変わらず他人同志の会話は聞こえないし、聞き直しや聞き間違えも日常のこととなったままであるが、集音器の出番はあまりないようである。