親切な女性

 先日女房の甥が来た時に約束したので、女房と一緒に、神戸の元町商店街にあるギャラリーでやっている写真展を見に行った時のことである。

 最近は、もっぱらトライウオーカーなる歩行補助器を使っているので、遠くに行く時には、あらかじめ行く道筋を頭に浮かべて、どう行くのが一番便利か予想して出かけることにしている。元町であれば、梅田まで出てJRか阪神で行くのが良いかも知れないが、年末で梅田は人で混み合うので、それを避けて阪急で、花隈まで乗って行く道を選んだ。

 花隈駅はJRや阪神元町駅よりだいぶ西寄りだが、東口で降りれば元町商店街が近いので、神戸行きの阪急の後ろの方に乗って花隈駅で降りた。以前に行った時の記憶では地下のホームから階段を上がればすぐ地上に出た様な気がしていたが、実際にはホームの端から長い階段を登り降りしなければならないのである。

 一旦下って線路の下を潜って反対側へ出て、そこの改札口を出てから、今度は階段を上がって地上に出るようになっている。線路より高いホームから線路の下をくぐる通路まで降りるのだから、かなり長い降り階段となる。困ったな、トライウオーカーを持って階段を昇降しなければならないのである。ホームから地上に出るエレベーターはホームの反対側の端にしかない様だ。今更引き返して長いホームを反対側まで歩いて行くのも遠回りになるだけでつまらない。

 思い切って女房に手伝って貰って、そのまま階段を降りようとした。その時、後ろから来た若い女性が老人夫婦がモタモタしているのを見て、親切にも「持ちましょうか」と声をかけてくれた。私は一瞬躊躇したが、女房が応じてトライウオーカーを持って貰うことにした。

 私一人なら他人の助けを借りず、一人で行くところだったかも知れないが、以前にそういう時には、せっかく声をかけてくれた人には、その好意を無駄にせず、手伝って貰った方が良いのだと娘に言われたことがあったし、私もそれに従った。

 ただその女性が若いが華奢な感じだったので、少し躊躇したのだったが、長い階段をその女性がトライウオーカーを持ってくれたので本当に助かった。

 改札口まで辿り着いたので、そこでお礼を言って別れた。改札を出ようとしたら乗り越しで、切符を機械に入れて出場票を取ったりして、モタモタしてやっと改札口を出た。

 ところがそこで驚いた、先ほどに女性が改札口の出口の陰で待っていてくれたのである。そこから今度は地上に出るまでの階段を登らなければならないのである。本人は「どうせ暇なんですから」と断りを言っていたが、見知らぬ行きずりの老人夫婦を、途中で待ってまでして助けてくれるとは、親切にもキリがないとでも言おうか。お礼の仕様もない。

 日本では何かで困っている人を見ても、声をかけるのはかえって迷惑かなと思って素通りしていく人が多いなどとも言われるが、心にゆとりがあって、相手を不愉快にさせる恐れのない時には、誰しも思いやりの心が優って行動に結びつくのであろう。

 以前に池田駅の階段で転倒した時の通りがかりの女性や、芦屋市役所の近くで倒れた時の市の職員の女性、それに今回の女性。皆さんに感謝の仕様もない。人は誰しも、中でも女性は、本質的に、真に優しい心を秘めているのだということをつくづく思い知らされた次第である。伝わることもないであろうが、心からお礼を述べたい。