急くな、急ぐな、老いを知れ

 私はもともとせっかちな性格であった。若い時は「速飯、速糞、速歩き」を地で行くような行動パターンであった。

 食事は誰よりも早く食べ終わり、歩くのも小さいのに速足で、いつも人を追い抜いて、さっさと速く歩くのが癖だった。他人からも「小さな男がいつも急いで前のめりで歩いている」と言われていた。しかし、年をとるとともに、流石に歩く速度も次第に遅くなり、最近では人並みの流れにさえ、遅れをとるようになってきた。

 それに体のバランス感覚も悪くなって来たのであろう。何かに躓いたり、急に方向を変えようとした時などに、何かの拍子に思いもかけず転倒することが多くなり、ある時から杖とは言わずにステッキを使うようにしてきた。

 しかし、ステッキをついても、せっかちな癖が抜けないためか、注意しているつもりでも、ステッキの先が穴にはまったり、すべったり、躓いたり、あるいは急に方向を変えようとしてバランスを崩したりして、転倒してしまうようなことが後をたたなかった。

 それでも転倒して手をついて指に怪我するぐらいの時は良かったが、年と共に体の動きもぎこちなくなり、バランス感覚も衰えたためか、転んだ拍子にステッキが口吻にあたり入れ歯が折れたり、駅の階段で滑って頭を側壁にぶつけて、救急病院に搬送される羽目にもなった。

 その上、年と共にステッキ歩行では疲れやすくなり、次第に長歩きでは頻回に休みを入れなければならなくなってしまった。30年来、毎月箕面の滝まで「月参り」だと言って行っていたが、昨年暮れにはもう辞めなければならないかと思わざるを得なくなった。

 ところが、咋年になって、たまたまAmazonでトライウオーカーという三輪の歩行補助具を見つけて購入し、使うようになると、これがなかなかの優れもので、三輪なのでバランスを取ってくれるし、腕でも体重をある程度支えてくれるので、疲れ方も軽くなり、休まなくても長い区間を歩けるようになり、箕面の滝参りもまた毎月行ける様になった。

 以来 ステッキをやめて、外出時にはもっぱらこのトライウオーカーを愛用する様になった。こういう補助具を嫌がる老人も多い様たが、便利なものは何でも使えというのが私の考えだし、補助具を使っていると周りの人がそれなりに配慮してくれるのでありがたい。

 しかしそれに甘えては行けない。速く疲れずに歩ける様になったからといって、体が若返ったわけではない。調子に乗ってトライウオーカーを使い回していると、これにも思わぬ危険が潜んでいるのである。

 もう転倒からはおさらばだと思っていたが、トライウオーカーを使い出してから、半年余りで最早2回も転んでしまった。1回目はまだ使い慣れていない頃、坂道で後ろを振り返った時に三輪が正しく開いていなかったので後輪が萎んでウオーカーが閉じてしまって倒れ、それに引き摺られて転倒したものであった。三輪が開いた時の止金をしていなかったのがいけなかったのであった。

 2回目はごく最近のことである。三輪が閉じてしまわない様にとの注意には怠りなかったが、ウオーカーではついつい速く歩けるので、阪急の石橋の駅で箕面線に乗り換える時のこと、ホームを急いで前方の車両に行こうと夢中になって急いだ時に、ホームの柱に三輪の開いた後輪がひっかかって転倒してしまった。

 三輪だから安全というものではない。急がずに普通に歩いておれば問題なかったのに、つい人につられて、歳を忘れて、急いだのが失敗の原因であった。そもそもトライウオーカーは老人のための物である。老いを自覚し、それなりに急いたり急いだりしないで、ゆっくり歩いて利用すべきものだということを改めて思い知らされた次第であった。