たまたま訪れてきた甥が、見て来て良かったと言ってパンフレットを置いて帰ったので、調べてみると、よく行く宝塚の映画館でもやっていたので、家族で見に行った映画である。
何年か前に世間を騒がした「津久井やまゆり園」で実際に起こった19人だったかの入居中の身障者を殺害した事件にヒントを得て書かれた、辺見庸の小説「月」を元にして、石井裕也監督が脚本から手がけた映画ということである。
元々小説では、入居中のきーちゃんと犯人となったさとくんとの会話による深刻なストーリーらしいが、石井監督の脚本では、有名作家だった堂島洋子と彼女を師匠と呼ぶ連れ合いで売れないアニメ作家のカップルの間に生まれた子が身障者で3歳で夭折し、以来小説が書けなくなって、森の奥深くにある身障者収容施設へ勤め始める設定になっている。
そこで彼女は入居者で、あたかも塊のように動けず、暗い部屋に閉じ込められたままのきーちゃんと出会い、生年月日が同じだったこともあり親しみを感じるようになる。そして施設で働くさとくんや作家志望の陽子とも出会うこととなる。
ところが、言葉を言えない障がい者たちは声を上げることが出来ないので、ただ暗い部屋のベッドで寝たきりだったり、不潔な裸のままで放置されていたり、鍵のかかった部屋に閉じ込められているだけで、職員による誤った行動や暴行もまかり通り、施設では深刻な問題も隠蔽されている。
そんな中で、絵の好きなさとくんは紙芝居などで入居者を喜ばせようとしたりするが、現実に向かって働いている間に、次第に正義感や使命感を募らせ、人々は心の奥に潜む優越感や差別感を持って、施設の現実を見て見ぬふりをしているだけだが、本当にこのような障害者を助けることが良いことなのであろうか。人間と言える者だけが生きる権利があるのではないかと思うようになる。
洋子がさとくんに問い詰められて的確に答えられなかったが、いや違う、誰でも皆生きる権利があると呟くような場面もあるが、さとくんは遂には、心のないものは生きていても仕方がない、心のないものは排除して効率化することで社会を救おうと、殺人に向かうことになる。
ただし、この映画では直接、残酷な殺人劇にするのを避けて、洋子の子供の夭折や、妊娠中絶をすべきかどうかの葛藤、小説家志望の陽子に洋子は現実を見ないで書いていると言わせたりして、映画も過酷な現実に直面することを避けて、周辺から事件への道筋や事件そのものを描き出そうとしている。
原作は知らないが、映画は初めから終わりまで夜のような暗い場面ばかりで纏められ、原作とは違ったストーリーを作り上げて、それを月が静かに照らしている想定の映像にして、惨劇の修羅場を避け、それはそれで矛盾した現実を考えさせる映画になっているのではなかろうかと思われた。