鶏卵素麺

 先日、娘が何処からか鶏卵素麺を買ってきてくれた。

 もう半世紀以上も前、娘がまだ子供の頃、学会で博多へ行った時に、たまたま、お土産に博多名物として鶏卵素麺を教えて貰い、買って帰ったのが私と鶏卵素麺の繋がりの初めであった。

 当時は学会であちこちへ行っていたが、まだ新幹線もない頃のことで、帰りの土産はその土地土地により、例えば、静岡ならわさび漬け、名古屋なら雀踊りのういろう、福井なら羽二重餅、岡山なら吉備団子などという具合で、博多へ行ったら鶏卵素麺と決まったいた様なものであった。

 しかし、鶏卵素麺といえば、いわばコレステロールの塊のような物である。その頃はまだ日本人のコレステロール値はあまりに高くなかったが、実際の動脈硬化の流行に先んじて、コレステロールの害が叫ばれ始めていたので、鶏卵素麺も美味しかったが、少しづつ遠慮がちに食べる様にしていた。

 ところが、コレステロールの害と関係したのかどうか定かではないが、いつの頃からか博多で鶏卵素麺が見つからなくなり、自然と鶏卵素麺のお土産も止み、次第に忘れられて行ってしまっていた。そんなことを覚えていた娘が、たまたま何処かで鶏卵素麺を見つけてわざわざ買って来てくれたものであった。

 何処で見つけて来たのかと思ったら、箱に大阪の鶴屋八幡と書いてある。私は鶏卵素麺と言えば博多のものとばかり思っていたが、調べてみると、鶏卵素麺は昔から博多だけでなく、大阪の鶴屋八幡と、京都の鶴屋鶴寿庵でも古くから作っていた様である。いずれも歴史の古い老舗であり、南蛮渡来の鶏卵素麺を古くから扱っていたようである。博多の店も明治38年創業の石村萬盛堂というところらしい。

 鶏卵素麺は、ポルトガルから伝来した南蛮菓子の一つで、裏漉しした卵黄を沸騰した糖蜜の中へ細く流し、素麺状に固めてから取り出し切り揃えたものだそうである。従って、形状も普通の菓子と異なり、一風変わった細い素麺状のもので、フィオス・デ・オヴォシュ(卵の糸)とも言われ、原料も卵黄と砂糖のみで、シンプル故に濃厚な卵の風味と甘さがダイレクトに味わえると書かれている。

 久し振りに鶏卵素麺をいただいて昔のことを思い出し、懐かしい甘さを味わいながら、2〜3回に分けて少しづついただいた。思いもかけない娘からのお土産であった。