沖縄こそ日本の現実である

 6月23日は沖縄の慰霊の日である。もう67年も前に沖縄はアジア・太平洋戦争の最後の激戦地となり、日本側18万8136人(うち県出身者12万2228人)、米側1万2520人の計20万656人が戦死した(県発表)。

 鉄の暴風と言われた如く、海を埋め尽くした艦船から上陸した重装備の大軍の圧倒的な火力に対して、一般人も巻き込んだ戦闘の結果、こんなに多くの人たちが亡くなった悲惨な戦闘であったが、ここではそれには触れない。その尊い犠牲の霊を弔うのが慰霊の日なのである。

 今年はコロナと大雨により少人数の集まりとなったが、菅首相は出席せず、ビデオメッセ-ジだけであったという。菅首相官房長官時代、当時の翁長雄志県知事が沖縄の苦難の歴史を語り、辺野古新基地反対を訴えたのに対し「私は戦後生まれなので、沖縄の置かれてきた歴史はなかなか分からない」と言い放ったことが忘れられない。

 沖縄戦で自決した牛島中将が最後に大本営に「沖縄住民はよく戦った。将来の特別のご配慮をお願いしたい」と打電したことがなぜか忘れられないが、その後の沖縄県人の運命はそれとは全く逆な配慮がなされたと言っても良い、過酷な運命を歩まされて来たと言えるのではなかろうか。

 4人に一人が殺された後に、生き残った人々は全てアメリカ軍の捕虜となり、住処を追われ、墓地まで奪われて、作られた基地から排除され、止むなくその周辺の、元の住処の近くで命を繋ぐよりなかった。それが世界一危険な普天間基地の問題の始まりなのである。同基地はあまりにも住民の生活を脅かす危険なものだから、日本へ返還することが決まったが、決まっただけで、以来30年経っても未だにそのままである。

 日本を下した米軍は日本全土を占領し、軍政を敷き、全国に基地を張り巡らせ、沖縄の基地とともに、朝鮮戦争の出撃に利用したが、やがて、ベトナム戦争を契機に日米安保条約にも基づいて、沖縄基地をアジアにおける米軍の最大拠点として作り上げた。

 その上、日本本土での基地にまつわるトラブルを避け、日本人の対米感情を和らげ、米国の日常的な支配構造の実態をぼかすために、沖縄の日本への復帰に伴って、本土の基地を出来るだけ多く沖縄に移駐した。 そのため日本本土における米軍に対する苦情やトラブルは減ったが、面積にして日本の8%に満たない沖縄に、全国の70%を超える基地が集中することになり、沖縄の人々の日常生活と米軍基地の存在の矛盾が大きな問題となって来たのである。

 当然、沖縄の人々の反発が強くなり、本土並みへの改善要求が全住民の声となってきたが、日本政府は沖縄を切り捨て、米軍との矛盾解消の沖縄の要求を頑として聞き入れず、全沖縄人の一致した意思表示をも無視して、米国の要求による米軍基地の維持増強を強引に進めようとしてきた。

 その上最近は、尖閣諸島の問題に始まる対中関係の悪化から、沖縄本島のみならず、宮古島石垣島などにも自衛隊の基地を設け、先制攻撃さえ可能な準備さえ進められている。これは悲劇を背負って、心からの平和を願っている沖縄の人の願いを踏み躙って、再び戦争の可能性を高めるものである。

 軍隊は国を守るものであっても、決して住民を守るものでないことは沖縄戦で、沖縄の人々が身をもって体験したところである。政府はどこまで沖縄をいじめれば済むのだろうかと言いたくなる。

 しかし、こうした沖縄の惨状は決して本土に住む日本人にとっても無縁なものではない。日米安保条約地位協定は、沖縄と同じく、日本本土にも適応されるものである。

 羽田空港の発着空路が歪なのも、米軍の横田基地の支配空域のためであるし、最近問題になった米軍ヘリコプターの都心での危険な低空飛行に対して、日本政府は何も文句を言えないのである。日本のあちこちの山中などでの米軍機による危険な低空飛行も安保条約で公認されているので、住民の危険より米軍の訓練が優先されるのである。

 米軍は日本の何処にでも基地を作ることが出来るし、何処の上空も自由に飛べるのである。このような米軍との調整は、日本の外務大臣や他の官僚と、在日米軍の高官の協議によって決められるのである。トランプ大統領の訪日も、先ずは日本国内の米国領土である横田基地まで来て、その後、ヘリコプターで、東京の米軍基地まで飛ぶ訳で、殆どが米国内の移動ということになったわけである。

   沖縄が日本領土であり、沖縄の人々が同じ日本人であれば、政治的な負担も我々と平等に担うべきであることは当然であろう。日米同盟による負担を沖縄にのみ押し付けるのは許されない。勿論、そうかと言って、本土の負担が増え、平和な日常生活を脅かされるのを喜ぶ人はいない。

 先ずは、沖縄に皺寄せられた悲劇を、我が事として認識すべきである。その上で、その負担の重さを感じ、沖縄の人たちと一緒になって、その負担を軽減すべく努力しなければならないのではないか。沖縄の人たちと協力しあって日米安保条約地位協定の改定に進もうではありませんか。