私の終活

 卒寿ともなれば、いくら元気でも、そろそろ人生を終える準備もしておかねばなるまい。ましてや私の場合、娘たちが二人ともアメリカへ行ってしまって、あちらに永住してしまっているので、日本にいるのは女房と二人だけなのである。

 昔は沢山いた親兄弟もいつの間にか減って、親のいないのは当然として、五人の兄弟も今は姉一人、弟一人で、姉はグループホームに入っているし、弟は遠くにいてパーキンソン氏病であまり動けないので、いずれも何かの時のあてにはならない。

 女房がいる間はよいが、お互いいつまで生きているか誰にもわからない。年からいえば、残り少ない間にどちらかが欠けることも当然考えておかねばならないだろう。一人になってから死んだ時のことも、どうするのがよいか、娘たちが日本にいないだけに心配になる。

 そんなことで、相続の手続きなどは早くから遺言信託などを頼んではいるが、死後、葬儀や相続の手続きなどのために、娘たちがアメリカから戻って来ても、そうそう長期間は滞在できないであろうし、相続の具体的な手続きや遺産の整理だけでも大変だろうと思い、そろそろ終活をして、身の回りのものを整理しておかねばとは以前から思っていたが、実際に行動に移すとなるとなかなか大変である。

 身の回りの家具や日用品、衣類などといったものは比較的簡単に分けられるが、問題は長年の間に溜まったガラクタの類である。他人にとっては値打ちがなくても、自分にとっては過去の思い出につながるものは、生きている限り愛着があって捨てるに忍びないものが多い。従って、捨てるものと保存するものの仕分けが難しい。

 それでも仕事の関係のものは、もはや過去のものとして思い切れば、大部分のものはまだ処分しやすい。趣味の関するものでも、道具類などは分けやすい。難しいのは趣味の作品や、自分や家族の歴史に繋がるものである。それにあちこちバラバラに収納されてしまっているものをかき集めて分類し、処分するかどうかを判断し、その手続きを進めていくのも思いの外大変である。

 このところ実際に進めた処分の結果はこうであった。先ずは最早使うことのない膨大な医学書や雑誌、論文その他の書類などを思い切ってほとんど捨てた。分厚い医学書などは今ではただのようなものであったが、本棚の空間はだいぶ開けることができた。それでもまだ医史学関係や医学や医療に関する一般書はかなり残っている。

 ついで、収集していた切手を処分した。若い時に友人がその都度斡旋してくれて、いつのまにか溜まったかなり大量の収集切手を整理して分類し、何回かに分けて売りさばいた。これは思ったよりも良い値段がついた。

 続いて、古くから溜まるに任せていたハッセルの中判を含む20を超える中古カメラや三脚、その他の付属品を売りさばいたが、こちらは嵩が高く、持ち運びだけでも大変で女房にも助けてもらったが、フイルム時代のものばかりで大した値段にはならなかった。それでも物入れの空間を開けるのには役立ったのではなかろうか。

 それが済むと、今度は絵画や版画、写真などで、額に入ったまま物入れに眠っていたものを集めて画商に見てもらった。ところがあるのは中途半端なものばかりで、少しぐらい名の知れた画家の売り絵のようなものはあまり価値がなく、画商の言うには「何か一つでも目玉になるようなものでもあれば、他のものも一緒に引き取るが、目玉になるものがない」ということで引き取ってくれず、結局、これらは古物商に委ねることになった。

 あとはその古物商である。古い食器や花器、飾り物、記念品や贈り物の類、古い紫檀の机、顕微鏡その他、それに上記の絵画類などのガラクタを全て一緒に、古物商を呼んで見てもらい、引き取ってもらった。女房の描いた絵にまで小額にしろ値段がついたので女房は喜んでいたが、車に一杯積み込んで持って帰ってもらえたので、ずいぶん押入れの中をあけることができた。もらったお金は女房と折半した。

 その他、仕事関係の写真や、親の代の写真の類や収集品などはあらかた捨てたが、家族の写真、子供達が小さかった時の作品や孫の作品などはだいぶ整理をして処分もしたが、多くは捨てられずに残した。

 それにも増して捨てがたいものは自分の描いた絵や写真の作品類である。女房の過去の油絵も額付きなので嵩が大きい。膨大な時間をかけて、できるだけ判別して良いものだけ残すようにしたが、選んでもなかなか量は思うようには減らない。

 それに長い間にあちこち旅行した時の関連書類やパンフレットの類を旅行ごとにまとめたものが、それだけでもかなりな量になり、未だ手付かずになっている。

 こう言った類いのものはできるだけ中身を見ずに思い切って捨てないと、中を見だすと思い出につながって、捨てられるものまで捨てられなくなってしまう。

 現段階で、大分身軽になったとはいえ、まだまだ残っているものも多い。時間をかけて少しずつ片付けていかなければならないだろう。

 その上、まだ押し入れの中には布団や枕、毛布、敷布、座布団などのような繊維のものがいっぱい詰まっている。これらは嵩高いので勝手には捨てられず、いつか纏めて何処かに引き取ってもらうより仕方がないであろう。終活といっても本当に大変である。

 長い間に溜まったガラクタは結局長い時間をかけて徐々に処分していかねば仕方がないようである。これでは、片付くのが先か、こちらの命がなくなるのが先かはわからない。