映画「関心領域」

 家族で一緒に映画「関心領域」を見た。イギリスのアーテノン・エイミスとかいう作家の小説を映画化したもので、第二次世界大戦時に、ポーランドを占領したナチスドイツがワルシャワの郊外に作り、多くのユダヤ人を殺したことで有名なアウスシュビッツ収容所のすぐ横に、立派な収容所の所長ヘスの官舎があり、そこでの家族の生活を廻るストーリーである。

 監督・脚本はやはりイギリスのジョナサン・グレイザーで、カンヌの国際映画祭でグランプリに輝き、その他にも多くの賞を受賞している作品である。

 豪華な屋敷に広い庭、子供もおり、ピアノもあり、皆笑顔で暮らしている。庭には多くの草花が植えられ、色々な花が咲き、庭には滑り台のついたプールまであり、所長一家の楽しい豪勢な暮らしである。

 ここだけ見ていると、すぐ隣のアウスシュビッツ収容所での残虐な行為など縁のないような暮らしであるが、官舎の映像の背景には、あの収容所の監視塔や、他の大きな建物の影が映り、時に煙が上がったり、奇妙な叫び声のようなものなどが聞こえてくるのが分かる。土塀一枚を隔てた領域での日常生活の対比である。

 町中の小さな家に住んでいたヘス一家は、ヘスがここの所長になって以来、ここに移り住み、殊に夫人はここが気に入り、広い庭に客人を案内して自慢したりしている。庭にも手を加え、メードも雇い、充実した生活が繰り広げられている。夫婦と子供5人の楽しい日常生活である。そこで、主人のヘスに転勤命令が降った時も、上司に頼んで、ヘスは単身赴任して、家族はそのまま豪華な官舎にとどまることになった。

 この隣り合わせの天国と地獄のような対比を明らかにして、豪華で一見平和そのものの官舎での生活を描写するために、映画は冒頭「the Zone of Interest」というタイトルだけが画面の中央に出て、後2〜3分は暗黒のままで、やがて小鳥の囀りが聞こえ始めて、豪華で平和な所長の官舎の様子が出てくるというイントロダクションになっている。成程なと感心する。

 ちなみにThe Zone Of Interestというのはナチスドイツがアウスシュビッツを囲む40km2地域を指す言葉として使っていたものだそうである。

 終わりの方でも収容所の様子や軍隊での場面、収容所の場面、ミュージアムになっている現在の収容所、そこに残された殺された人々の履いていた無数の靴の映像などが写り、最後は再び真っ暗で何も映らない場面が続いてTheEndになるという構成になっている。見る人々にそれぞれに考えさせる作りになっているのである。

 映画の本筋の中には収容所での悲惨な出来事の描写などは全くなく、象徴的な建物の遠景や煙、悲鳴などが聞こえるのみで、所長一家の生活には収容所の内部のことは何も出てこないのが返って一層悲惨な戦争、虐殺の実態を浮かび上がらせることになっている。殺す側と殺される側の対比が余計に明らかになる。現在のGaza地区での大量虐殺でも、大勢の子供を含む虐殺とイスラエル側のネタニヤフなどの冷酷さを伴う日常生活の動向の対比を思い出させずには置かない。

 ただその間を繋ぐものとして、映画の中では、子供への童話の読み聞かせから続く、暗黒の中の妖精のようなものの動きが挿入されているのが気になった。詳しくは色々な出来事の挿入もあるようだが、隣り合わせに住む殺す者と殺される者の対比を浮かび上がらせた秀作といえよう。