ズボラ靴

 今回の入院は急なことだったので、身の回りのものを整える暇もなく、外来からそのまま入院させられてしまったので、はじめは身の回りのものにも不自由した。

 パジャマなどはすぐに女房が届けてくれたが、上履きがなかったので、トイレに行くなり、病室内で動くなりでベッドサイドから離れるごとに、外来へ来た時の靴を履くよりなかった。ベッドから離れる度にいちいち履いたり脱いだりするのが大変だった。

 スリッパでも持って来てもらおうかと思ったが、娘がスリッパは危ないからと言って、布製の運動靴のようなものを買って来てくれた。運動靴にしても靴は病室では不向きではないかと思っていたが、この買って来てくれた靴がこれまで見たこともない優れものであり、随分助かった。

 スリッパは履きやすいが、歩いている時にずれたり、脱げたりして確かに危ない。紐やチャックで締める靴は面倒で論外だし、大きめのズック靴ぐらいが一番良いのではなかろうかと思っていたが、大きすぎる靴は歩きにくい。

 ところが、買って来てくれた靴はサイズがぴったりなのに、靴滑りや指を添えなくとも履け、足だけで脱いだり履いたりが可能なのである。手を添えなくても、足をそのまま滑り込ませるだけで履けるし、脱ぐ時も手を添えなくとも脱げるのである。

 よく運動靴などを正しく履くのが面倒なので、かがとを踏み潰したまま履いている人を見かけるが、あれはみっともないし、老人にはやはり危ない。そうかと言ってベッドから降りる度ごとに、靴を正しく履こうとして、その度に指まで添えてかがとを入れて履かねばならないのは流石に厄介である。

 ましてや履く度に靴紐を結ばなければならないのは大変だし、マジックテープで止めるような靴でも、いちいち手を使わなければならない。そんな靴の履き方を考えると、買ってきて貰った靴は全く手を使わずに立ったままでも履けるのに、サイズがピッタリ合うので歩く時にも快適である。

 これまでこんな靴があることを知らなかった。一見では普通のスポーツや散歩用の布製の靴のようだが、かがとの部分が丈夫でしっかり出来ているので、足を滑り込ませるだけで履けるし、脱ぐ時にも手を使わなくてもそのまま足を抜ける。靴滑りや指を使わなくともスリッポンと言われる靴と同様、足だけで脱いだり履いたり出来るのである。

 こんな便利な靴にはこれまで出くわしたことがない。靴の脱ぎ履きを面倒がるズボラ者にはもってこいの靴である。勝手に「ズボラ靴」と名付けて、病室でばかりでなく、退院した後も散歩などの時にもっぱら愛用している次第である。

 なお、いいものを見つけたと喜んでいたら、私が知らなかっただけで、こんな靴が今流行っているのだそうだ。新聞の広告でも「かがまず履ける、触らず履ける、本当です。」JUST SLIP INと広告が出ていた。