体力の衰え

 91歳までは週に一二回だったが、若い時と同じようにに電車に乗り、街を歩いて産業医としての相談業務に行っていた。その年の11月の末には、女房とともに、真鶴半島の先の中川一政の美術館を訪ね、あと半島の根元のJRの駅まであちこち寄りながら随分歩いて戻り、三島に泊まった。

 そこまでは元気だったのだが、翌朝、三島神宮へ行こうと思って出掛けようとしたところ、歩き出すと腰痛でどうにも歩けず、諦めて帰らざるを得ないことになってしまった。それが最近の体力の衰えを感じさせられた始まりであった。症状は間欠性跛行で脊椎管狭窄症が考えられたが、X線検査やMRI では狭窄は見られなかった。丁度すぐその後からコロナの流行が始まり、年齢も考えて迷惑をかけないうちにと仕事をすっかり辞めた。

 その後、歩けなくなっては大変だと、根気よく休みながらも、執拗に歩行練習を積み重ねていると、約8ヶ月かかったが、また元の様に歩ける様になった。月一回の箕面の滝までの月参りも何とか続けられた。

 ただし、歩くスピードは顕著に落ち、以前の様に他人を追い越していく様なことはもう出来ず、逆に人並みについて行けなくなったばかりか、子供にも追い抜かれる様になってしまった。滝まで2.8キロあるが、途中で2〜3度は休憩しないと行けなくなり、94歳の年の終わりで月参りもやめようかと思った。

 しかし95歳の正月に来訪者があり、付き合いで何とか滝まで行けたので、その後も続けることにした。5月に孫たちが来たり、トライウオーカー(歩行補助具)を買ったこともあり、それを用いて月参りも昨年中はそのまま続けられた。

 ところが12月にウオーカー使用中、下り坂で前輪が穴にはまって転倒し、両大腿に出血をきたす事故を起こしてからは、前より疲れやすくなり、スピードをを落としてゆっくりしか歩けなくなってしまった。

 以前にいつも行っていた少し離れた公園まで行くのもしんどくなり、行動範囲も狭まりかけて来るようになるとともに、朝のラジオ体操も次第にしんどくなり、跳躍などは適当に誤魔化さなければついていけなくなってきた。家の階段も息が弾むわけではないが、足が疲れて2階まで上がるとやれやれと感じる様になってきた。箕面の滝行きも今年になってから見合わせている。

 食欲は変わらないし、朝の体操も欠かしてはいないが、それまで続けてきた床に尻をつけた姿勢から手を使わず立ち上がる動作が、今や片方は出来ても、反対の足ではどうしても出来なくなってしまった。

 散歩も足が重く、以前より早く一服したくなるし、以前はいつも私が女房より先を歩いていたのが、最近は女房が先で、それになかなか追いつけなくなってしまった。

 今年も春に孫たちがやってくる様だが、昨年と一年違えば、こちらの体力も衰えたものである。97歳ともなれば仕方がないと思ってもいるが、果たして昨年同様一緒の箕面の滝まで行けるかどうか疑問である。