能勢電車

 能勢電車は阪急の川西能勢口から妙見口まで走っている大阪の郊外電車である。戦前はJR川西池田駅が終点で、今より一駅先まで行っていたのだが、能勢の住宅開発が進み、阪急電車が乗り入れる様になって現在の形になった。

 元々は妙見参りに行く人のために造られた単線で山の中を走る本当にローカルな電車で、両側の林の木々の枝を払わんばかりの狭い線路をガタゴトと走っていた電車であったが、今は線路も改修されて、複線で4両連結で運行されているし、朝夕には新たに延長された日生中央駅から梅田までの10両編成の特急も走っている。

 それでも、今なお昔の面影を残している所も多く、なかなかユニークな電車でもある。先ず第一に、終点の川西能勢口駅から順に駅名を見ただけでも、絹延橋、滝山、鴬の森、鼓ヶ滝、多田、一の鳥居、畦野、山下とこれだけ優雅な名前のついた駅が続いている郊外電車は日本中でここしかないのではなかろうか。

 名前だけ聞いただけでも、どんな山の中を走っている電車なのだろうかとつい引き込まれそうであるが、今ではずっと住宅地が続き、駅の近くにはスーパーや商店が群がり、車の多い街道筋に沿っている所もある。山が多いのでトンネルもあるし、鉄橋で川を渡り、高速道路の下を抜けていく箇所もある。

 車窓から眺めていても、あんな高いところまで家が建っていると驚かされることもあるし、パレスチナを思わせる山の頂上まで住宅がぎっしり密集していて、全く緑の見えない丘陵もある。そうかと思えば、立派な城郭が突然現れるので思わず何だろうと思えば、ある大学の歴史資料館であったりもする。

 こうして山下の駅で新たに作られた日生中央行きと別れて、本来の線は妙見口まで行っている。山下から先は流石に山の中で、木々に囲まれて走っているが、それでもあちこちの山には住宅地が広がっているのが見られ、やがて妙見口の終点に着くことになる。ここから1.5キロほど歩けば妙見さんのケーブル乗り場に行けるのだが、このケーブルは今年の終わりに廃止される様である。

 いつだったか、この電車に乗って妙見山まで行ったが、その時面白いと思ったのは、この電車の日よけの窓のスクリーンであった。すべてのスクリーンに山や田園の模様が描かれており、妙見口から乗ってぼんやり座席に座っていると、周囲は初めのうちは山の中の風景なのでそれに慣らされるが、川西能勢口に近づくにつれて、周囲はごちゃごちゃした商業地や街道に沿って車も多い雑然とした景色が多くなっていくのだが、日除けのスクリーンがそれらを隠してくれるので、いつまでも山の中を走っている様な気分がして、心の安らぐ思いがするのである。

 他の電車でこんな日除けのスクリーンに繪が書かれているのを見たことがないが、これは能勢電車のユニークな客を和ませてくれる良いアイデアだなと感心した。能勢電車の沿線は開発されたと言っても、どこの駅で降りても、少し歩けばまだ棚田の様な農村風景が残っている。秋の日和の良い時などに是非郊外の散策に利用されてはいかがであろうか。