朝風呂か夕風呂か

  昔は、入浴といえば薪で風呂を沸かさねばならなかったので、そう一日に何回も沸かせないので、入浴はたいてい夕方から夜にかけて入るもので、それも同じ風呂に家族全員が交代で入るのが普通であった。

 たいていは、その家の主人が先ず入り、家族はその後、順に入ることになっており、奉公人や女中のいる場合には、更にその後と決まっていた。家族が多いと、時間がかかるので、風呂の湯が冷めて追い焚きをしなければならないこともあった。そのため、炊き口から「湯加減どう?」と声がかかったり、前の者が出たら湯が冷えないように、始終「早く入りなさい」と急かされたものであった。

 全員が同じ風呂桶に入れた湯を共用するので、お湯の中ではなるべく静かに浸かって暖まるだけにして、石鹸を使って体を洗うようなことは、一旦風呂桶から出て外の流し場で行い、済んだらお湯で体を流してから、再度風呂桶に浸かるというのが無言の入浴の決まりであった。

 しかし戦後になって、ガス風呂が流行って一酸化炭素中毒死などが問題になった時期を経て、やがて給湯設備が整ってくると、風呂をいちいち沸かす必要がなくなり、いつでもコックをひねればお湯が出るようになり、好きな時にいつでも入浴出来るようになった。

 こうなると風呂はいつでも好きな時に入ることが出来るので、他人との関係に煩わされることもなく、自分の好きな時に、自分の好きなように使えば良いことになった。湯加減も自分に合うようにすれば良いし、自分の入浴が済めばお湯は流すので、タブの中で石鹸やシャンプーなどで体を洗っても良いことになった。

 欧米では、昔から風呂は流し場などない部屋の中に置かれたタブに湯を入れ、その中に体を浸して、体を洗い、そのまま出るという方式で続いて来たが、日本でも同じような条件で入浴が出来るようになったとでも言えようか。

 但し、長い伝統のある日本式入浴法は急に変わることもなく、今でも、従来の方法で家族皆でお湯を共用しているところも多いようである。そうなると、洗い場が必須だし、手桶なども必要になる。バスタブに蓋があるのは日本だけではなかろうか。ある時、偶然知らない家族の話しているのが聞こえたのだが、バスタブの湯をそのまま置いていたら、翌日にはもう臭くて入れなかったと話していた。

 今では洋式のバスで、洋式の入り方をしている人もいるし、昔からの伝統を守っている家もあるし、家庭での風呂の入り方も多様化して来たと言えるのではなかろうか。

 入浴の時刻も従来通り、夕方家に帰ってゆっくり入浴し、リラックスして夕食を取るとか、寒い外から帰宅して、風呂で温まってから寝るといった使い方をしている人が多いようであるが、夏場など暑い寝苦しい夜を過ごした朝などに、冷たい気味のシャワーを浴びると身体がシャキットして、さっぱりした気分になって出かけるのも爽快なので、それを好む人もいる。

 ただし、朝風呂は忙しくて時間も取れないので、簡単にサッと済ます人が多いが、夕方は時間もあるし、一日の疲れを取りたいという願望もあるので、どうしても時間をとってゆっくり入ることになりやすい。いずれにしても、汗を流してさっぱりと気分転換出来る入浴が、朝夕を問わず、好きな時に利用出来るのは有難いことである。