貧乏なら大学へもいけないのか

 大学生の若者が、体調を崩して貧困になっても、大学を退学や休学しない限り、1日たりとも生活保護は使わせない。5年に1度の生活保護制度の見直しで、政府はこれまでの方針を変えないことになったそうである。

 生活保護の見直しを検討してきた厚生労働省社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の部会は、12月20日「中間まとめ」を公表した。約60年前から続く、生活保護を受けながら大学に進学することを認めないルールの変更は「慎重に検討する必要がある」として、見送られることになった。

 一般世帯にも奨学金やアルバイトなどで学費・生活費を賄っている学生もいるし、仮に認めた場合に相当数の大学生が保護の対象となりかねない。また、新規高卒者は今日においても重要な労働力で、高校卒業後直ちに就労することも肯定的に捉えて考えるべきだなどの理由をあげ、大学生の生活保護の利用に関して「慎重に検討する必要がある」と結論したのだそうである。 今後の支援のあり方については、「生活保護の枠組みにとらわれず、修学支援新制度などの教育に関する政策の中で幅広く検討していくことになるという。

 ある19歳だった女性は、2年間貯金をして母親の元を離れて自律し、大学に入ったが、一人暮らしにかかるお金は、何もかも家賃も、生活費も、自分の手で稼がなきゃいけない。女性は大学が終われば、塾かキャバクラに真っすぐ向かった。多い時、三つかけ持ちしたバイトで週7日、働く時期もあった。

 ところが病気になってアルバイトが出来なくなり、困った学生は学業を続けたいので生活保護申請したが拒否され、結局大学を辞めざるをえなかったという例が新聞に報道されていた。

 80%もの学生が大学へ進学する今日、貧乏な学生は自分の責任でもないのに、勉学の道を閉ざされてしまっているのである。膨大な軍事費の増強をするより、こうした貧しい国民の声に応えるのが政治の責任ではなかろうか。

 大学までの学費をタダにしている国もあるし、返還不要の奨学金で勉学の権利を保護している国もある。学問を学ぶ権利は国民に等しくある。貧富の差によって専門的な勉強の機会さえ奪われるのは民主主義ではない。国民の平等を図るためにも、せめて大学までの学費をタダにすべきではなかろうか。

 軍備費を増すよりも、多くの優秀な人材を育てる方がはるかに将来の国の発展に役立つ

であろう。