老いのアヴェック

 「アベック」という言葉をご存知でしょうか?と聞かねば通じないような時代になってしまっているようである。私の若かった戦後の時代には、「アベック」とはもっぱら「恋人同士の二人」という意味で使われていた、一種憧れの言葉でもあったのに、1980年代に入ると殆ど使われなくなり、最早「死語」などと言われてしまっているとか聞く。

 今では、夫婦や恋人などのひと組は「カップル」とか「ペア」と呼ばれるのが普通で、若い人たちは「カレカノ」とか「ツーショット」などと言うらしい。しかし、私にとっては、夫婦などが一緒にいるのはやはり「アヴェック」もしくは「アベック」と言わないとピンとこない。

  ただ昔は、こちらも若かったためもあろうが、アベックといえば若いカップルをさすのが普通で、その頃は年をとった夫婦で、若い人のように一緒に手を繋いだり、体を密着させたりしている姿は殆ど見られなかった。夫婦が一緒に何処かへ行く時でさえ、旦那が先を歩き、嫁さんが二、三歩後からついていくのが普通であった。

 ところがそれから四分の三世紀も経つと、世の中はすっかり変わってしまった。高齢化社会と言われるようのなってから既に久しいが、最近では若いアヴェックが少なくなった代わりに、老いた夫婦のアヴェックがやたらと目につくようになった。

 毎朝、涼しいうちにと思って、近くの河原や公園などを散歩しているが、出喰わすのは犬の散歩か、ジョガーか、老夫婦の散歩である。たまに、サイクリストが風を切ってサーっという間に走り抜けていく。犬の散歩は途中で出会った犬友達と犬を介して話し込んだりしているのが多いが、ジョガーの方は孤独で、黙って通り抜けていく。

 こちらも老夫婦なので、結局、出会って挨拶を交わしたりするのは、一緒に散歩している老夫婦ということになる。もう退職して家にいるので、朝早く目がさめるし、少しは体を動かさねばと思って、涼しいうちにと散歩に出て来たような人たちである。

 色々な組み合わせの夫婦がいて、見ていると面白い。最近気が付いたのは、同じ年寄りのアベックでも歩き方が色々なのである。男が先に歩いて後から女がついてくるアベックから、殆ど一種に並んで歩いているアベック、女が先で男が後のアベックに分けられる。

 初めはそれぞれに性格や、色々と事情が違うからだろうと思っていたが、そっと見ていると、同じような老夫婦でも、年齢によって違うようである。歳を取っていても、まだ比較的若い世代のアベックでは、大抵、男の方が元気なので、男が先を歩いて女を引っ張っている感じのアベックが多いが、80歳を超えたような超高齢の夫婦になると、今度は、大抵は女性の方が年齢も若くて元気なので、嫁さんの方が亭主を引っ張って、歩かせている感じのアベックが多くなり、女が前を歩き、男がそれを追うという格好になってしまうようである。

 私の場合を振り返っても、以前は私の方が足が速く、丈夫だったので、いつも私が先を歩いて、女房が後からついて来るのが普通であったが、ここ一、二年、脊椎管狭窄症に苦しめられて以来、てきめんに歩くのが遅くなり、女房が先を歩き、それに私が何とか着いて行くという格好が普通になってしまった。

 そんなこともあって、余計に他人のことが気になるのであろうが、大きな傾向として、七十代ぐらいの間は男がリーダーシップをとっているが、八十も過ぎると、女の方が元気で、男がそれに頼って歩いているといった姿が多くなるようである。

 年老いてきた男どもは、やがてくる自分の体の衰え、女性の方が歳を取っても元気で長生きすることを考えて、手遅れにならないうちから、せいぜい嫁さんを大事にするよう心掛けておいた方が良いことを知っておくべきであろう。