人殺し

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 まずこの写真を見て下さい。これを見て怒らない人がいたら、その人は、少なくとも現代の市民社会に生きる、まともな人ではないと言っても良いだろう。これは劇中のことでもなく、作られた映像でもない。ここに写っている二人はともの現実の人間である。それを知れば、誰しも怒りを禁じえまないのは当然であろう。

 言うまでもなく、この写真はアメリカのミネアポリスで警官が、アフリカ系男性の首を膝で8分何十秒間かも押さえ続け、男性の息が出来ないという訴えにも耳を貸さず、殺してしまった事件の写真です。今もI can't breathe, I can't breathe, I can't breathe という微かな声が聞こえてくるような気がしてならない。

 白昼堂々と街の中で、市民の目線のある中で、本来市民を守るべき制服姿の警官が行なった殺人行為であり、周囲の人からの中止の要望をも同僚警官が断った上での出来事だと言われる。これはどう見ても、公権力による意図的な虐殺としか言えない。

 これに対して、単に全米各地でアフリカ系だけでなく、広範な市民が反発して、Black Lives Matterというプロテストを前面に、大規模なデモが起こり、連日続いているばかりでなく、デモはますます拡大して、世界中に広がっている。イギリスではブリストル奴隷貿易で儲けた商人の像が引き倒され、川に投げ捨てられるデモも起こっている。日本でも、大阪で反差別を掲げてデモが行われたようである。

 アメリカではトランプ大統領連邦軍まで動員して強硬に押さえつけようとしたが、軍部の反対に合い、結局州兵までも撤退させざるを得なくなってしまった。秋の大統領選挙を控え、大統領は強気の姿勢をくずそうとしないが、民主党のバイデン候補はジョウジ・フロイド氏の葬儀にメッセージを寄せたりして、支持率を上げている。

 アメリカにおけるアフリカ系市民に対する差別の歴史は長く、長い歴史を経て今では法的には平等が保証され、基本的には大部分の人たちにも支持されているが、今なお、アフリカ系市民の経済的格差は大きく、社会生活上の格差も依然と続き、それを背景とした白人などの明からさまな差別主義者の行動も今なお続いている。

 Black Lives Matterというスローガンも2014年に7月にニューヨークでエリック・ガーナーが白人警察官による過剰な暴力により死亡し、8月にミズリー州ファーガソンでマイケル・ブラウンが白人警察官に射殺される事件が続き、その翌日にファーガソンで行われたデモ行進から世界的に認知されるようになったものである。

 それ以後もアフリカ系アメリカ人が犠牲となった警官の過剰な行為は後を絶たず、今年になってからだけでも、2月にはジョギングをしていたアフリカ系男性が、地元で発生した強盗事件の容疑者に似ていると勝手に決めつけた白人の親子に、トラックで追いかけられ、射殺された事件があり、3月には捜査する家を間違えた警察官が、緊急医療技術者である26歳のアフリカ系女性の家に、予告なしに深夜押し入り、テイラーさんを射殺した事件なども起こっている。

 なお、この Black Lives Matterというスローガンは「黒人の命も(が)(こそ)大事」というような意味であるが、今では世界中に広がっている。All Lives Matterの方が良いのではないかとの意見に対しては「私たちはすべての命が大切だと当然認識しています。しかし、私たちはすべての命が大切だとされている世界には住んでいないのです」と答えられている。

 これは決して遠いアメリカの話では終わらない。海外に広がったデモも、単にアメリカの出来事に同情して起こっているだけではない。コロナ流行以前までの世界的な人類の移動により、世界中の国で多民族が同居することになって、人種差別がこれまでになく、世界的な問題となってきたことが背景にあり、人種問題が必然的に社会的、経済的な格差に結びついていることが人々のこのプロテストの元になっているのである。

 今回のデモを見ても、日本では「私には関係がない」「日本ではそれほど人種差別の問題はない」と思っている人も多いかも知れないが、日本でも部落民朝鮮人アイヌ人、さらには最近の外国人実習生や避難民などに対する不当な差別の問題が続いていることに無関心であってはならない。

 大坂なおみや八村塁氏をはじめとするアフリカ系の日本人も増えてきたし、少子高齢化の社会の未来を見れば、移民を増やし多民族国家にしていかねば国が立ち行かなくなる恐れも高く、人種差別を含めて、あらゆる差別には敏感に反応して、それを乗り越えて行かねばならないのではなかろうか。

 黙っていることは差別を肯定していることになりかねない。トップに掲げた写真に怒りを感じる人は、この国でも、Black Lives Matterに呼応して、あらゆる差別に反対の声を上げようではないか。