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覆水盆に返らず

 九十に近くにもなると友人がだんだんと死んでいなくなる。八十ぐらいまでなら、友人が死んでも「あいつもとうとう死によったか。残念だなあ」と思いながらも仕方がないと諦めもついて、残っている友人たちと付き合っていくことになり、死んだ友人のことも次第に忘却の彼方に行ってしまう。

 しかし、この頃になると友人も次第に少なくなってしまったこともあり、少ない友人が欠けるとそこにあいた穴の大きさに昔以上の寂寥感を感じざるを得ない。

 つい先日も時々電話をかけたり、一緒に食事の会をしていた仲間が亡くなってしまった。この会は北摂あたりで開業していたり、住んでいたりしていた者が、毎年父の日に決まって集まり、仲間の誰かに話をしてもらったり、医者の勉強や情報交換などをしたりしながら、あちこちで食事などして盛り上がり、もう三十年以上も続いてきた会である。

 ところが、皆が次第に年をとるに連れて、一人欠け、二人欠けして人数が減り、高齢になっては夕方の会は帰りがしんどいということで昼間の会に変わり、会の内容もいつとはなしに単に旧懇を温め食事をするだけの会になってしまっていたが、世話人もいなくなり、最後は七、八人に減り、私が世話をすることになってしまっていた。

 最近は集まる日も春の桜の頃とし、毎年同じしだれ桜の綺麗な料亭にしていたが、その仲間たちもやがて、大腸癌で一人亡くなったと思ったら、次にはまた一人が肺がんでなくなり、今年は五人だけになってしまっていた。

 「いつまで続けられるだろうか。生きていたらまた来年もしましょう」と言って別れたのが昨日のことのようだが、今度はその残った一人が死んでしまったのである。あとに残った女性二人は元気なようだが、後の一人の男の方は数年来人工透析を受けているのでいつまで持つことやら。

 今年は従来使ってきた上記の料亭までが、これまた料理人が病気で長年続いた料亭を閉めてしまったので、仕方なく少し不便だが新たな場所を見つけたところであった。これではもう来年は続けられないかもしれない。

 今度亡くなった友人は九十歳だったので年に不足はないわけだが、誰に言いようもない寂しさを感じざるを得ない。自然は冷酷である。時は否応無しに一方的に進み、一度起こったことが元の戻ることはない。覆水盆に返らず、死んだ者は生き返らない。無慈悲に歴史は動いていく。やがて私もいつかは死んで無になるであろう。太閤でなくとも「浪速のことは夢のまた夢」である。

 誰にもわかりきったことだが、受け入れざるを得ない自然の摂理と、儚い命の愛おしさとの乖離の大きさを嘆くよりない。