死にそこない

 95歳の老人が突然入院し、一旦退院するも、一月後にまた入院したとなると、大抵の人はこの老人はもうやがてあの世へ行くだろうと思うのが普通であろう。この歳では特にどこかが悪いというのでなくとも、老衰で次第に衰え、いつしか静かに死んでいく人も多いのである。

 ところがどうだろう。その老人がまた元気な顔をして退院し、また戻ってきたのである。

 既に書いたように、今年の一月に突然思ってもみなかった難病に指定されている特発性(免疫性)血小板減少性紫斑病(ITP)という病気にかかり、両下肢全体に拡がる点状出血斑や、あちこちに出現する紫斑で皮膚は汚され、内部の出血をも伴って貧血が進み、次第に挙動に困難が増し、入院加療となったのである。

 入院当初の検査結果では、血液の血小板の数が、普通20万とか30万もあるものが、殆どゼロに近い千しかなく、へモグロブリンも正常な人で15〜16あるものが8しかなかった。

 若い時ならともかく、この年齢でこんなことが進めば、これが命取りになることも当然であろう。諦めと覚悟を決めて治療を受けていたが、ガンマーグロブリンの大量投与に、レボレードという新薬が功を制したのか、僅かではあるが血小板数が1万8千ぐらいに増え、ヘモグロブリンの値も9.0に増えるとともに、あれだけ辛かった階段の昇降が楽になり、疲れるまでに歩く距離も驚くほど伸びてきた。

 それとともにそれまで皮膚のあちこちを汚していた紫斑が嘘のように消退し、長らく続いていた点状出血も消え、何か宗教的な匂いさえするような気がするほど綺麗な皮膚が戻ってきた。こう元気になってくると一日中病院に閉じ込められているのが苦痛になってきた。

 医師はまだまだ出血の恐れが大きいと言って退院を渋ったが、こう元気になればそれを振り切ってでも帰りたくなるのが人情である。無理やり医師を説得して退院し、元気な姿を皆に見せることが出来た。

 勿論、検査成績を見てもこんな僅かな改善で、これだけ元気になるものかと驚かされるばかりではあるが、死の底からまた這い上がってきたような感じさえしないでもない。明日はまだどうなるかわからないが、自分では密かに死に損なったか?と呟いているところである。