トイレのドア

 駅などにある公衆トイレの個室は、昔は使用されていない時も、扉が閉められているのが普通でしたが、最近は空いた個室のドアは開けたままにしておくのが普通のようです。扉が開いていると誰にも空いていることがすぐ分かるので利用者に便利です。

 それでも昔からの習慣からか、今でも空いているのに、扉が閉まっているのを見かけることもあります。扉が閉まっていると、恐る恐るノックしてからでないと、扉に手を触れられません。

 トイレの扉の開閉一つにも、昔からの長い歴史が尾を引いているのです。日本では、トイレは昔から不浄の場所として、母屋などとは別に、外に設けられるのが普通でした。そのため、東北の寒冷地などでは、高血圧の老人が夜間に急に寒い外に出て用を済まさねばならず、それが脳卒中にもつながったと言われたものです。

 そんな不浄のトイレは、家屋が近代化されてきても、トイレはいつも家屋の片隅に追いやられ、母屋からはみ出した片隅のような所に設けられることが多く、今のように水洗便所ではなかったので臭いのこともあり、文字通り「臭いものには蓋」で扉も必ず閉めることになっていました。

 日本ではそういう長い過去の歴史があるので、近代的な水洗便所が当たり前になっても、トイレは忌むべき場所として、家庭のトイレでも、使わない時も扉を閉めておくのが普通になっているようです。

 しかし、一人住まいなら兎に角、ドアが閉められておれば、外からは使用中かどうかが分からないので、ノックでもしてあらかじめ確かめないと、入れない不便さがあります。自宅のトイレですから、必要な時にはすぐにでも自由に利用出来るようにしておきたいものです。

 その点、アメリカなどのトイレはバスタブと同じ場所に作られていることが多く、トイレのことをバスルームとも言われる所以になっているわけですが、こちらの方が日本の狭いトイレと違って、広い空間で気持ちよく用が足せるという快適さがあります。そんな違いも関係しているのかも知れませんが、アメリカなどではバスルームは扉が閉まっておれば使用中で、空いている時には、扉を開けておくのが普通とされてきたようです。

 もちろん駅や公衆の建物のトイレの構造は日本と変わりありませんが、個室の扉は空いている時には開けておくのが普通で、扉の開閉如何で、使用中か否かが一目瞭然と分かるようになっているわけです。

 西洋と日本での文化や歴史の違いからそうなっているのでしょう。かって、1960年台の初期にアメリカに滞在していた時のことです。病院の職員用のトイレで、急いで個室に入ろうとして扉を開けたら、丁度他人が使用中なのを見てびっくりして”awfully sorry”と言って、飛んで逃げ出したことがありました。knockでもすれば良かったのですが、ほとんど使われていないトイレだったし、こちらも急いでいたので、つい日本式に行動してしまったのでした。

 こんな失敗があって以来、トイレは使っていない時には、必ず扉を開けておく習慣がつき、日本へ帰ってからもそれを続けて来ました。ところが、女房はやはり、客人が尋ねて来るような時には、トイレの扉は閉めておかないと気が済まないようです。

 しかし、扉が開いていると気安く利用できても閉まっていると、つい誰かが使用中かもという気がして、ノックをしてみなければなりません。現在の日本ではトイレはもう臭い所ではありません。公衆トイレに倣って使う時だけ扉を閉めて、使わない時には開けておく方が良いのではないかと思い実行してますが、皆さんはどうしておられるのでしょうか。