潔癖過ぎる人たち

 先日昼間の阪急の宝塚線に乗った時のことである。昼間の空いた電車であったが、一人のお婆さんが真っ先に電車に乗り込み、二人用の老人席にさっと座り、荷物を横の座席の上に置いた。マスクをしていたので判りにくかったが、七十絡みと見た。

 そのままじっと座っているのかと思ったら、やおら、買い物袋から小さなビニール袋を取り出して、そこから幾重にも折り畳んだウエット・ティッシューを出し、それを丁寧に、完全に開いて、手掌に拡げた。

 何をするのかと見ていると、素早く立ち上がって、ティッシューを挟んで、座席の横の窓の上の取手を掴み、窓を半分まで下ろし、さっと向き直って、今度は横の電車の連結側のドアの取手を同じようにして掴んで、ドアを開けて、座り直した。座ったまま、今度はそのウエットティッシューを、汚れた方を内側にして慎重に折り畳み、小さくして、持参のビニール袋に入れて仕舞った。

 それからしばらくは、そのままじっとしていたが、数駅過ぎると、また先程のティッシューを取り出し、慎重に拡げ、立ち上がって、先ほどと同じようにして、今度は窓と扉を閉めて元に戻し、再びティッシューを畳んで小袋に戻し、次の駅で降りていった。ホームを見ると、使ったティッシューを入れた小袋を、ホームのゴミ箱に捨てているのが見えた。

 恐らく潔癖すぎる人で、コロナが怖く、予防のためには換気を十分にすることが大事だが、窓枠やドアノブは素手で触るのは危険だと思っているのであろう。マスクは勿論着用しているが、コロナの感染を防ぐためには、換気なども完全にやらねば気が済まないのであろう。

 あまりにも大袈裟で公然とした行動に、こちらはただ呆然と見ているよりなかったが、色々な人がいるものだなあと感心させられた。果たして、あのおばあさんは自分の家の中ではどんな生活をしているのであろうかと想像せざるを得なかった。

 昔から細菌などの感染に対する衛生観念や態度は、人によって色々である。全然と言っても良いほど、無感心な人がいるかと思えば、神経質で病的にまで潔癖な人もいる。

 一方では、ペットの子犬に自分の食べているソフトクリームを一口舐めさせて、それをまた自分でも食べている人を見たことがあるかと思えば、他方では、必要以上に頻回に手を洗わないと気が済まない人もいる。海は汚いからと言って、絶対に海水浴には行かない、海岸で波に足をつけることさえ嫌がった人もいた。

 また一頃、公衆便所でのウオッシュレットを使うか使わないかが、SSN上で議論されているのを見たことがあった。ある人は誰が使ったかわからないし、ウオッシュレットの先が汚れておれば、わざわざ細菌を己の肛門に吹き付けるようなものだから、絶対使わないという意見があったのに対し、吹き出す水の最初の部分が直接肛門に当たらないようにして、後の部分の水を使えば良いという意見もあった。

 尿の細菌検査で、中間尿を採ることを参考にすれば、後者のようにさえすれば、公衆便所でウオッシュレットを使っても、恐らく殆んど感染の危険は避けられるのではなかろうか。

 また便坐は汚いので、消毒でもしないと公衆便所の便座には座れないという人もいるが、トイレの細菌を調べた結果によると、トイレで一番汚染されているのは扉の取手だそうで、便座の表面は見て汚れていなければ、案外清潔なのだという。

 如何に注意しても、この世の中で普通に生活しておれば、完全に無菌にすることなどは不可能であるばかりか、菌と共存しているからこそ、免疫機構も働き、健康でいられるとも言えるのである。

 あまり潔癖で、神経質になり過ぎると、健康よりもかえって神経的に病気に近づくことにもなるであろう。 電車の中での特異なおばあさんの行動を見て、驚くとともに、色々なことを考えさせられた。