能勢の浄瑠璃

 大阪府の最北端にある能勢町には昔から受け継がれてきた浄瑠璃があると聞いていたが、先日初めてその浄瑠璃を見てきた。

 実際に行くまでは、大阪といっても山の中の昔からの純農村地帯なので、どこかで見た田舎の藁屋根の芝居小屋でもあって、建物の前の広場に観客が座って見るようなところでもあって、秋のお祭りの時にでも、浄瑠璃が開かれるのではなかろうかといった漠然とした印象を持っているに過ぎなかった。

 最近そこで浄瑠璃があるというので、実地を確かめるべく出かけて見た。能勢電山下駅で降りて、一日数本しかない定期バスに乗って、大きなダムの横を通り、山の中の部落を転々と回って、やっと能勢町役場前のバス停に着く。浄瑠璃シアターはそのすぐ横にあった。

 まずびっくりしたのは劇場というか、芝居小屋というか、その規模の予想に反した大きさであった。しかも、よくある田舎町の多目的ホールのようなものでなく、浄瑠璃に特化した、木造の悠に500人ぐらいも収容出来る立派な芝居小屋である。中のロビーも広く、昔からの能勢の浄瑠璃の歴史のわかる展示などもある。人口1万余の小さな町には不相応な建物と言えよう。

 そんな不便なところにある劇場だが、今はほとんどの人が車で来るの場所はあまり問題にならないのであろうか。劇場の中は人が一杯で、全席満員の盛況であった。

 何でも能勢の浄瑠璃は、江戸時代の文化年間に、能勢の住民が大阪の浄瑠璃を学んで帰って始めたものだそうで、もう200年からの伝統があり、農閑期に農民同士が師匠からマンツウマンで技を受け継ぎ、ずっと素浄瑠璃といって、語りと三味線だけの座敷芸として続けて来たもののようである。

 それにしてもよく根付いて伝わってきたものだと感心させられるが、孤立した農村であったから余計に皆で大切にされ、保存されてきたものであろうか。「浄瑠璃一つ語れぬ家には嫁にやれぬ」といわれる如くに普及していたものだそうで、今もその伝統は受け継がれ、人口1万に過ぎないこの旧能勢村に浄瑠璃の語り手は現在200名もいるそうである。

 その様なことから、1993年には大阪府無形文化財に、1999年には国の無形民俗文化財に指定されているそうである。町が無理をして立派な芝居小屋を作ったわけも分かる気がした。

 この小屋も出来て今年で開館25周年を迎え、20年前からは人形も揃えて、本格的な浄瑠璃となり、能勢人形浄瑠璃鹿角座という組織になっているようである。しかも、ただ伝統を受け継ぐだけで満足せず。2年ほど前からは、漫画調のモダンな人形二体も拵え、映像と組み合わせた新しい演出まで試み、兵庫県の出石での浄瑠璃の出張公演までしているようである。

 浄瑠璃の劇そのものについては詳しくないので、大阪の本場の浄瑠璃に比べてどうのこうのとは言わないが、素人が見る限りでは、特段けなすようなしくじりなどもなく、木戸銭を払って見るだけの値打ちは十分あったとして良いのではなかろうか。

 ただ、なにせ不便な場所にあるので、車を持たない我々にとっては、帰途を考えれば、公演終了を待たずに、バスの時間に合わせて小屋を飛び出さねばならなかったのが辛かったが、思わぬ拾い物をした感じの午後であった。

 この芝居小屋がこれでまともにペイするようには思えないが、村人たちの希望と楽しみなどが日頃の努力と相まって、昔ながらの伝統文化を守り、それを町なり、府が支えてなんとか維持出来ているのであろう。折角これだけのものが出来たのだから、是非何とか続けて発展させてもらいたいものだと思わずにはおれなかった。