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雪を待つ

 雪国の人には申し訳ないが、雪の少ない大阪に住む私は冬になるとやっぱり時には雪が降ってくれるのが待ち遠しい。

 雪のない台湾の人に北海道が人気があるのもよく分かる気がする。雪が積もった銀世界は雪を見慣れない人たちにとってはやはり珍しい憧れの別世界なのである。たまには日常から離れて平素あまり経験したことのない世界に浸ってみたいと憧れるのは当然のことではなかろうか。

 私が子供の頃には大阪でも今よりもう少し雪が降ったような気がする。大阪の北の郊外である箕面で子供の頃を過ごしたが、雪だるまを作ったり、雪合戦をして遊んだ記憶もある。その証拠のように、雪の中を走っている時にしもやけで膨れた左手の中指が右手の指に触れてしもやけが破れて出血した後が80年後の今でもかすかに残っている。

 ところが地球の温暖化の影響なのかどうかは定かではないが、最近はさっぱり雪が降らなくなってしまった。どうにか雪だるまが出来るぐらいの積雪で一番近い過去の思い出が、すでに成人した孫がまだ幼児の頃のことである。庭で雪だるまを作って帽子をかぶせてやった時の思い出ももう20年近くも昔のことになる。

 以来ずっと一冬に雪が降るのはおおよそ1〜2回ぐらいしかない。そのうち1回が一面の雪景色を作るぐらいで、後の一回は雪が降ったが積もるところまでいかなかったという程度のことが多い。

 今年も一月に一度、朝一面の雪景色になったことがあり、行きがけに近くの若い家族が親子で道路の雪をかき集めて雪だるまを作るのだと言っていたが、雪は大阪へ着くともう全くなく、池田の雪も帰宅時には消えており、雪だるまを作っていた家にもそれらしき形跡も見られなかった。

 それについで、この二、三日の寒気の到来である。今度は西日本に積雪が多く、鳥取などでは例年の5倍だかの積雪量というから、大阪でも少しは降るのではと期待したが、又しても外れてしまった。せっかく寒気が南下して気象予報では大阪にも雪マークがついていたので今度こそと思って、朝早く起きて期待して窓を開けて見たが雪は全く見られない。日本海側では大雪でJRや車が止まったり、大量の積雪で雪下ろしや雪かきなどで大変だったようなのに、こちらはそのおこぼれさえなく、寒いだけであった。

 川西や池田でも、五月山は白かったし、少し山の方にでも行けば、多少の雪はあったようだが池田の平地では全くない。せいぜい雪が時折ちらつく程度に過ぎなかった。

 見渡す限り一面真っ白になった雪景色、白くなった家々の屋根や、庭木の枝に積もった雪、しっとり積もった雪の間から顔をのぞかせる赤い山茶花なども美しいし、雪道に残された人の足跡の思い、真っ白な雪に自分に足跡を刻みながら歩く爽快さ、止まった車に積もった雪、寒さで凍りついたフロントガラスなど、寒くても非日常的な光景はやはり懐かしい。

 せっかく冬の寒さに曝されるのなら、せめて別世界の幻想的な雪景色を1日だけでもよいから見せてもらい、少年時代に帰ったように楽しみたいものである。

 冬中続く雪に閉ざされた生活、雪かき、雪下ろしなど寒い中での重労働のきつさは十分想像できるし、嫌でもそれから逃れられないで苦労をされている北国の人たちにとっては、自分勝手なわがままな夢だと叱られることはわかっているが、それでもやはり、子供のように、せめて一冬に一回ぐらいは雪景色になってくれないかと待ち遠しく思わないではおれないのである。