二年ぶりの雪景色

 今年は、一月末に十年に一度とかのに寒波がやってきて、全国的に寒くなり、天気が荒れて雪も多く、飛行機の運休は当然としても、あちこちの高速道路での車の渋滞や、列車の運休などが起こり、雪のために動けなくなった電車に多くの乗客が長時間閉じ込められた事故なども起こった。

 テレビで大量の雪かきをしている様子や、雪の中を寒そうに仕事にに出掛ける人達の姿を見ると、雪国は大変だなあと思い。雪国の一人暮らしの年寄りなどはどうしてやり過ごしているのだろうか人ごとながら心配になる。

 それを思うと、大阪などは有り難い。寒さも酷くないし、雪も滅多に降らない。降っても北日本や北陸などとは比べものにならない。滅多に降らないものだから、雪国の人には申し訳ないが、逆に冬の風物詩として、一冬に一度や二度は雪景色を見せて欲しいものだと期待することにもなる。

 子供の頃は大阪でももっと雪があったように思う。小学校の2〜3年頃、雪の降っている校庭を走っている時に、左の中指の霜焼けが破れ、その傷跡が大人になっても長く残っていたし、雪合戦をしたり、雪だるまを作って遊んだ記憶もあるので、もう少し雪が多かったに違いない。

 ところが、地球温暖化のせいもあるのか、近年は雪は益々少なくなり、一冬に一度雪景色が見られるだけと言ったぐらいにになってしまっている。我が家で雪が積もった記憶は、今29歳になるアメリカの孫が、まだ2〜3歳の頃、家に来ている時に雪が積もって、雪だるまを作ったのが最後だったのではなかろうか。

 その後は、毎冬1−2度は雪が降っても、積もる程にはならず、うっすら雪を被った景色をカメラに収めるぐらいの年が続いてきた。そして、昨年はとうとう一度も雪景色を見ることなく冬が終わってしまった。

 昨年が雪がなかったので、今年こそは、一度や二度は雪景色を見たいものだと期待していたところに、今回のの寒波襲来である。初めの朝は窓を開けても雪はなし、例年の如く空振りであった。今年もダメかなと諦めかけてたが、テレビが続いて低気圧を伴った寒気到来という。

 次の日の朝は、どんよりとした雪空で明け、そのうちにさらさらとした雪が降るのが見られる。これなら積もりそうだと時間の経つのを待つと、やがて屋根や木の上が白くなり始める。これなら少しは積もるだろうと、早速写真を撮ったりして、時の経つのを待っていたが、そのうちに降る雪が大きくべっとりとした雪に変わってきてしまい。白い世界も束の間、やがて雪も止み、折角積りかけた雪も溶けていってしまった。

 それでもわずかに雪を被った写真も撮れたし、これで良しとせねばなるまい。まだ冬の終わりまで間があるし、なんとかもう一度ぐらい雪景色を見せてくれないものかと思いつつ諦めていた。テレビでは、次の夜再び寒気が来るとは言っていたが、もう期待もせずに寝た。ところが、朝窓を開けてみると、今度の方が前日よりもいくらか立派な雪景色ではないか。神様がおまけをくれたようであった。

 この雪も陽が登り、気温が上昇するとともに消えてしまったが、ここらでは、これぐらいで良しとしなければならないであろう。もう一度ぐらい、おまけがあると有り難いところだが、昨年の雪のなかった冬を思えば、有り難かったと思うべきであろう。