原発の汚染水の海洋放出は風評被害だけではない

 政府は東日本大震災による原発事故以来、長年問題になって来た、福島の原発からの汚染水の処理を、現地の漁業者との約束を反故にして、海洋放出とすることを正式に決めた。当然風評被害を恐れる漁民をはじめとする地域住民たちの反対の声は強い。

 菅義偉首相は会議で「処分は廃炉を進めるのに避けては通れない課題だ。政府が前面に立って安全性を確保し、風評の払拭にあらゆる政策を行なって行く」と述べているが、これは単に風評被害の問題だけではない。

  政府はALPSで処理したトリチウム水だと言っているが、ALPS処理はうまくいかず、2018年8月にストロンチウム90、沃素129、ルテニウム106、テクネチウム99、など基準値を超えていたことが報道されており、その後にAIPSが改善されたとしても、政府の言うようにトリチウムだけを含んだ無害な水だとは言い切れない。トリチウム水と言うより放射性物質に汚染された排水と考えなければならないであろう。

 それにトリチウム自体が全く無害なものとも言えない。トリチウムは水素の同位元素であるから、体内に取り込まれた場合、水素と入れ替わりうるし、水素をヘリウムに変えるとも言われる。体に取り込まれて遺伝子のDNAやRNAの異常をきたす可能性さえ考えられる。

 元々トリチウムは希少なものであり、現在存在するトリチウムの多くは世界の原発から放出されたものや原爆実験によって作られたもので、それらが如何なる作用を呈するか詳しいことは未知の分野である。もちろん、他の希少放射性元素についても同様である。

 他所の国も放出しているから、日本も放出しても問題がないと言う意見もあるが、他人がゴミを海に捨てているからこちらもゴミを捨てても良いと言う理屈は通らない。それに、日本の汚染水放出は今後もいつまで続くかわからない。海は世界の共通財産であり、人類が皆で大切にしていかなければならないものである。

 最近プラスチックゴミによる海洋汚染が問題になったいるが、プラスチックのような化学的に安定したものでさえ、大きく蓄積されると、流石の海洋の巨大な量による希釈効果でさえ支え切れなくなっているのである。

 ましてや放射線を出し他物質とも反応し易いものの集積は、たとえ個々のケースが少量であっても、蓄積総量が多くなれば、海洋の汚染、ひいては将来の人類の生存にも種々の影響を与えうることも考えておかなければならない。トリチウム半減期は12.3年、無視出来る濃度にまで下がるには120年かかるそうである。

 福島の原発事故は明らかに人災である。放射性汚染水の海洋放出は単に地域の住民の風評被害にとどまらず、グローバル・コモンズへの将来にわたる影響を最小限にとどめるべく考慮して、責任を持って慎重に処理することが、我が国の世界に対する義務である。単に地域住民への風評被害の払拭だけが問題ではないことは明らかである。

 タンクがいっぱいになるからと言っても、増設の方法も考えられるであろうし、トリチウムの分離もアメリカでは行われているとか、モルタルで固化する保存法もあるとかも言われている。安易に海洋放出を考えるより、他の方法も究め、他国とも相談して地球環境を守るべきであろう。

  子や孫の時代の人類に汚れた地球を残したくはない。