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物言えば唇寒し秋の風

 芭蕉のこの句は、「何事についても余計なことを言うと災いを招く」というような意味合いで使われることが多い。

 戦前には国の方針に反するようなことは一切公然とは喋れない雰囲気が社会に膾炙していたので、何かにつけてこの句が出てきたので子供でも知っていた。

 戦後になって急に何でも喋れる世の中になったが、最近はまた外国から歴史修正主義者と言われる人が首相になり、秘密保護法や集団的自衛権などが政治的課題になり、近隣諸国との軋轢が強くなるとともに、政府に不都合な人々の言論を統制して行こうという傾向が強くなってきているのを感じる。

 一頃問題となった学校での国旗掲揚や国歌斉唱の問題は最早過去のこととなり、NHKには首相のお気に入りの人物が送り込まれ、首相と大手メディアの社長などとの親密な会合が噂され、年末の選挙では自民党からメディア各社に報道の中立性についての申し入れがあり、それを受けてテレビの選挙の街頭録音が消えるなど、次第に自由な言論に対する圧迫が進んできている。

 正月過ぎてからのニュースでも、お笑いコンビの爆笑問題が「初笑い東西寄席2015」に出演した際、用意していた政治家についてのネタをNHK側から却下されたそうである。

 記事によると、打ち合わせの時、「政治家のネタは全部ダメと言われたので腹が立った」と一人が言い、他方が「政治的な圧力はかかっていないがテレビ局側の自粛は色を濃く感じる」と付け加えている。それに対し、彼らの芸能事務所は「NHKとの話し合いで、時間調整のためネタの一部を落としただけだ」と話している由である。

 これに関して籾井会長は記者会見で「新聞報道で初めて知った」とし、今後の出演への影響は「ありえない」と言いながら、「一般論として、政治家のお笑いネタは公共放送の品性、常識からやめたほうがいいのではないか」と言ったそうである。

 いかにも日本的な処理方法ではなかろうか。いつか経験したやり方そのものである。芸能事務所に取って出演を拒否されることは生存に関わる重大時である。NHKが政府がらみの会長の意を汲めば、係が芸能事務所に少し匂わすだけで充分である。阿吽の呼吸で意に沿った自粛が始まることとなるのである。いつか来た道で、またこんな調子で言論統制が進んでいくのであろう。

 また10日の新聞には、教科書会社の「数研出版」が高校の公民科の教科書3点から「従軍慰安婦」と「強制連行」の言葉を削除することを文部科学省に申請し認められたことがのっていた。同社の担当者は「訂正した理由などはすぐには答えられない」と話しているが、コメンテーターが『「従軍慰安婦」「強制連行」という言葉が入っているだけで誤りではないのに、削除、訂正するのは明らかに過剰反応だ。外部から働きかけがあったのか、社内でどんな議論をしたのかなどを説明する責任がある』と言っている。

 しかも、削除した「強制連行」は慰安婦の「強制連行」のことだと思わせながら、韓国、朝鮮籍の元軍人、軍属の強制連行、強制労働まで同時に削除してしまっているのである。

 これも恐らく政府の意を汲んで自主的に訂正したのであろう。戦前も戦後も政府の圧力のかけ方は同じである。人事で締めるか、金で煽てて釣るか、弱みに付け込んで無言の圧力をかけるかヤクザと同じやり方である。

 こうして静かにまた戦前と同じ「物言えば唇寒し秋の風」の風潮が醸し出されていくのであろう。そして歴史を知っている者にとっては忘れられない、あからさまな言論弾圧がその先に控えているという構図である。