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五百羅漢

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 羅漢というのはお布施をするのに値する聖者のことだそうで、五百羅漢というのはお釈迦様に従って悟りを開き、釈迦入滅後その教えを広めた賢者たちのことを指すもので、室町時代以降全国のあちらこちらにその石像群が作られた由である。

 東京の目黒の五百羅漢寺も有名であるが、関西の方では兵庫県加西市にある羅漢寺のものは「北条の石仏」として有名である。私も以前に行ったことがあるが、五百羅漢というだけに沢山の石仏の立像が並んでいるが、その一つ一つの表情がそれぞれに違っていてエキゾチックな顔をしたものもあり、非常に魅力的で、その時撮った写真が今も私の書斎の片隅に飾られている。

 ところで最近、江戸期の卓越した画家として有名な伊藤若冲が晩年に住み、その墓まで残っている伏見の深草の石峰寺という所に、若冲が下絵を描き、石工に掘らせた五百羅漢があることを新聞で知ったので、興味を惹かれて先日女房と見学に訪れた。

 京阪電車深草駅で降りて東の方へ少し行くと、伏見稲荷の稲荷山につながる山があり、その少しばかり階段を上がった山裾に石峰寺はあり、唐門を潜るとお堂がある。昔は大きなお寺で宿坊まであったのであろうが、今は山門の中まで両側に普通の住宅が並んでいる有様で少し悲しい。しかし比較的最近建て直されたお堂はそこそこ大きく、その脇から裏山の方に登って行くと、起伏の大きい竹林の中にびっくりするぐらい多くの羅漢さんたちがあちこちにいろいろ特徴的な肢体をして散らばっている。

 昔は全部で千体以上あったそうだが、現存は五百二十三体だそうである。ここの五百羅漢の特徴は大きいものもあるが、多くは一メートルもない小さな像で、それも立像よりも坐像やそれに類するものが多く、若冲の遊び心を反映してか、元になるいろいろな形の石をその形に合わせていろいろな姿態に見立てて彫り、それに合わせた表情がそれぞれに個性的で一つ一つ異なっており、何か人懐っこい感じがして、ゆっくりそれらの像を見比べていると、いつまでたっても飽きない。

 風化しやすい花崗岩でできており、長年の苔なども絡んで輪郭が霞んでしまっているような顔のものも多いが、元々素朴なあら彫りなので、風化によって返って表情の豊かな風情が加わったものもあるのであろうか。

 二、三体が寄り添っているもの、一人でいるもの、大きな仏を中心に並んでいるもの、似たようなものが集まっているもの、個性的ないろいろな姿態のものが散在しているものなど色々で、よく見ると皆それぞれに特徴があって面白い。

 散在するこれらの羅漢さんたちを眺めていると、若冲さんがこの地に住み、長い時間をかけて、どんな思いでこの五百羅漢を作って行ったのか色々と思いを巡らし、想像しないではおれなかった。

 北条の石仏は明るい庭に立ち並び、それぞれの個性的な顔立ちに、似た人の印象を重ね合わせて見たものだったが、その陽気さとは違って、石峰寺の羅漢さんたちは木漏れ日の薄暗い所に、静かに並んだり離れたりして座っておられ、何だかより親しみを感じさせられ、またいつかもう一度訪れてゆっくり眺めながら対話したいような気にさせられた。