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「老人はいつまで生きてるつもりなんだ」

 今朝見ていたFacebookによれば、麻生太郎副総理兼財務相は17日、北海道小樽市で開かれた自民党の集会で「九十になって老後が心配とか訳のわからないことを言っている人がテレビに出ていたけど、いつまで生きているつもりだよと思いながら見ていた」と述べたそうだ。

 消費拡大が経済の浮揚につながるとの文脈での発言だが、麻生氏は国内で1700兆円を超す個人金融資産があるとして「みんながじーっとしているのが、今最大の問題だ」と指摘。「あったらその金は使わなきゃ、何の意味もない。さらにためてどうするんです」などと話した後、この発言をした由である。

 私も来年には数えで言えば九十になる。いつまでも生きたいとは思はないが、天命に任せて元気なうちは生きていたい。いくら老人だって生きていく権利がある。いつまで生きてる積りなのかなどと政府に言われる筋合いはない。

 それに言われるように、わずかな財産しかないが、それは大事にして、無駄使いはしたくない。相続税を取られるぐらいならその分を子供達に残してやりたいとも思う。公共心がないわけでなく、政府があてにならないからである。何かあっても政府をあてにせず、自分でできる最低限のことはしておかなければと思う。なけなしの金でも、じっと抱えて無駄には使わないのである。

 私だけではない。この国では多くの老人にとっては長い人生の経験から公共の信用がない。先行きが短くても他人をあてにせず自分で最低限の備えはしておかなくてはという不安を抱えているのが普通の姿ではなかろうか。社会保障が不十分で、政府が老後も保証してくれない。金を使わないようにしているのも、頼りになるのは自分しかないという心理が一番大きな原因ではないだろうか。

 アベノミクスが完全に破綻しているのに、今更旗を振って一層活性化させると言っても、信用する人はいない。「再延期することはない」と断言していた消費税増税も延期せざるをえなくなって、社会保障はますます削らざるを得ない方向になり、これだけ負債を将来世代に先送りしても経済が今更良くならないこととなっては、いくら政府が金を使えと言っても、皆の財布の紐はますます固くなるばかりである。

 ここで政府がやるべきことは膨大に溜め込んだ大企業の内部留保を吐き出させ、高額所得者の税率を上げて格差を減らし、駐留アメリカ軍の思いやり予算や軍事費を減らして、社会保障を充実し、政府が国民から信頼される存在になることである。国民の将来の生活に対する不安を減らすことが、国民に金を遣わす最善の道であろう。

 財閥につながる政治家一家のボンであり、国民の税金によって生活している大臣には国民の心理がわかっていないのであろう。早々にこんな人には早々と引っ込んでもらって、なんとか新しい国民の生活のわかる政治家に交代して貰いたいものである。