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八月は特別な月

 多くの日本人、ことに老人にとっては八月は一年の中でも特別な月である。夏が特別暑いからでも、夏休みがあるからでもない。毎年八月になると嫌でも戦争を思い出すからである。

 今年は安倍内閣が国会に、憲法を無視してまでアメリカ追随のための「戦争法案」などを出してきているので余計に戦争のことを思い出すのかも知れないが、八月六日が広島、九日が長崎の原爆忌で、十五日が敗戦日とお盆が重なっているのである。

 あの八月六日午前八時十五分、雲ひとつない青空に落とされた原子爆弾江田島でこの目で見たピカという閃光に続いてドンという炸裂音、その後もくもくと立ち上がった原子雲を今も忘れることは出来ない。それが八月末に見た広島市内の惨状とともに未だに私の網膜に焼き付いたままになっている。戦後七十年ともなり、戦争を知っている人が急激に減っていく中でも、私が生きている限りこの映像が消えることはない。それだけでも、もう一度あの惨劇を繰り返しかねない「戦争法案」の道を許すわけにはいかない。

 さらには八月十五日の正午のあの「玉音放送」。暑い海軍兵学校の校庭で聞かされた天皇の声は何を言っているのか聞き取りにくかったが、終わってからの校長の訓示で敗戦を知り、「我々の世代は大変なことをしてしまった。君たち若者は将来必ずやこの仇をとってくれ」と言われた言葉を今も覚えている。

 この敗戦に続くこの国の大転換。正が邪となり、邪が正となる中での大人たちの裏切り。多くの人たちがこれまでとは正反対のことを平気な顔をして言い、行うようになった。この世の中の急変についていけなかった私。自分のの全存在が否定され、神も仏も全てが失われて虚無に陥った記念日が私にとっての八月十五日なのである。

 その十五日はお盆とも重なる、私にとってはお盆も先祖の弔いというよりも、戦後に見た多くの戦死した人たちの墓であり、戦に負けたためではなく、祖国に裏切られたことも知らずに果てた将兵たちの死の哀しみを共有する機会でもあったのである。「故⚪️⚪️上等兵之墓」などがいくつも墓地に並んでいたものであった。

 この敗戦による世の中の変化には容易にはついていけなかった。戦前の価値観を全て捨て去り、虚無になるまでは戦後の世界を生きていくことが出来なかった苦い思い出。そのために大事な青春をどれだけ無駄に費やしてしまったことか。

 毎年夏の終わり頃になり、海に土用波が押し寄せ、法師蝉が鳴くころになると、言い知れぬ虚脱と焦燥の念にかられて苦しまされたものであった。それが私の青春時代のかすかに進んだ再生の時代の夏、八月であった。

 夏の夜空の花火大会も、最初の頃は近くで見るのが怖かった。大阪の空襲で空一面から焼夷弾が落ちてきてあちらもこちらも燃え出し火の海になった行くのを思い出さされたからである。夏の入道雲が原子爆弾、花火が大空襲と長らく結びついていた。従って夏の夜の花火を楽しみ、高校野球の歓声にビールを楽しむのが夏の風物詩になるには随分年月が経つのを待たねばならなかった。

 今でこそそれらも長い間に定着し、お盆の到来を告げる前触れとなり、さらに近年はジャズフェスティバルなども加わり暑い夏の清涼剤となっている。そのうちに幾つかの台風が来て土用波となり、海水浴場が閉められることになる。いつしか法師蝉も鳴き始め、大文字があり、がんがら火祭りに続いて地蔵盆などもあって、夏の終わりの焦燥感に駆られている内に暦もかわり、いつしか秋の彼岸になって夏が終わってしまうのが例年のこととなっている。

 八月は私にとっても特別な月である。暑い日の連続だけでなく、こんなに盛りたくさんの行事や思い出が詰まっているのである。その上に今年はこれにもうひとつ余分なものが加わった。八月四日、思いもかけず急性心筋梗塞にかかり、循環器病研究センターに緊急入院することとなり、更に退院後の失神発作での再入院まで加わり、八月の大半を病院で過ごすことになってしまった。

 退院すればもう八月も二十一日であった。今年はヒロシマナガサキも入院中だったし、敗戦記念日の安部首相の談話も持ってきてもらった新聞を病院で読むことになった。高校野球も病棟のテレビや新聞で見たり聞いたりし、テレビの天気予報で台風情報も幾つか聞かされた。戦後七十年ということで戦争を振りかえったテレビや新聞記事も多かったが、それらもほとんど入院中に聞いたことであった。

 法師蝉の鳴き始めも今年は我が家の庭ではなく、毎日病院まで通って来てくれた女房から教えてもらった。幸い病院は冷房がしてあるので娑婆の酷暑からは避暑に行っていたようなものだったが、今年の八月はこの入院騒ぎのため本当にあっと言う間に消えてしまった。

 幸い無事元気で退院出来て良かったが、来年からは、戦争だけでなく病気の記録までが過密な八月のカレンダーに加わることになる。