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おまけの入院

 先に書いたように八月初めに突然、急性心筋梗塞にかかり入院した。ステントを入れて詰まった血管を拡げてもらい、幸い十日足らずで無事退院して喜んでいたが、退院して二日目に、親戚の者が退院祝いに来てくれていた席で気を失い、救急車でまた病院へ逆戻りすることになってしまった。

 たいていのことなら「おまけ」は嬉しいものだが、こんな「おまけ」はご遠慮願いたいところである。しかし、退院二日目の失神となれば、誰しもびっくりして慌てて救急車を呼ばないわけにはいかない。

 義理の甥が部屋の片隅にある女房のパソコンをチェックしてくれている間、その後姿を見ながら食卓を囲んで義理の弟や女房の妹とコーヒーを飲み、お菓子を食べながら談笑していた時である。クーラーが効き過ぎていたのかも知れないが、そのうちに何か寒いような冷や汗でもかくような何とも言えない不快感に包まれ、中座してトイレにでも行けば良いかなと思いながらも、客人の前でもあるし我慢していた。

 客が訪れるまで二階の書斎でクーラーもかけずに入院中に溜まったメールのチェックなどをしていて、急に涼しいところへ降りてきたせいもあったのかもしれない。兎に角そこらまでは覚えているが、次の瞬間気が付いた時には、まるで頁を飛ばして絵本をめくった時のように一足跳びに新しい景色となっており、向こうに後ろ向きにいたはずの義理の甥がすぐ横で私の体を支えてくれており、私の眼前の机の上にはトレイが置かれ、自分では記憶がないのに、中に吐物があるではないか。

 すぐに気分は良くなったが、間もなくピーポ・ピーポと警報を鳴らしながら救急車がやってきて我が家の門前に止まった。こうなるともう成り行きに任せるより他はない。もう全く普段通りになっていたので、トイレに行き、靴も自分で選んで、歩いて救急車に乗った。ただ突然の救急車の来訪に驚いた近所の人が飛び出して来ていたので、歩いて救急車に乗るのがいささか恥ずかしい気がした。

 後はすべてお任せで決まったレールに乗せられて病院に引き継がれ、病院のルールに従って処理されるのに任せざるを得ない。私自身は「血管迷走神経反射性失神」のようなものなのではなかろうかと想像していて、救急外来の先生とも意見は一致するようだったが、何せ急性心筋梗塞からの退院二日目とあってはやはりいろいろな可能性も考えて調べないわけにはいかない。

 その夜は頭部CTをとって経過観察のためということで入院させられてしまった。運悪く金曜日の夕方だったので土、日の二日間は当直の先生と話しただけで主治医も決まらない。退屈して本を読むぐらいのことしか出来なかった。月曜になってもう元気だから原因がわからなくても大体の想像はつくし、早く退院させてもらおうと思ったが、月曜日になって初めて診る病院のスタッフにしてみれば、そこから失神の原因のあらゆる可能性を考えて検査をして原因を突き止めなければ収まらない。

 危険な不整脈や、血栓てんかん、脳血流障害その他、悪い可能性を考えればきりがない。心電図や胸部X線は言うに及ばず、起立試験、脳波、頸動脈エコー、頭部のMRIから造影CTまで調べられ、白血球が少し多いというので血液培養までされた。幸いどの検査でも大きな異常所見はなく、木曜の朝になってやっと無罪放免となって退院出来た。先ずは良かったと言わねばならない。

 こうしてとんだ「おまけ」がついて、いつの間にか八月も二十日が過ぎてしまったが、退院後も全く元気である。この年だから、こんなことぐらいではめげない。死ぬまでにはどんな人でもどこかが傷んで、だんだん弱っていくものであろう。遅かれ早かれそんなに遠い先ではなく、いつかは死ぬものである。幸い今は少なくとも外見は五体健全である。生きている間は余生を楽しまなくては勿体ないと思っている。

 ただ心筋梗塞を起こし左室の心筋の幾らかは死んでいるであろうし、事実左室の動きが異常になっている部分も見られるし、心臓の働きに関係する検査で異常値を示すものもあるので、これまでよりは少しペースを落として行動していくようには心掛けたい。