車内で化粧

 先日、電車の中での飲食について触れたが、最近は車内で化粧する女性も増えた。ことに朝によく見ることからすると、寝坊をして決まった出勤時間などに間に合わないので電車での移動の間にそれを済ませようと言うケースが多いのではなかろうか。

 昔は人前で化粧するのは娼婦と決まっていた。そのため、車内で化粧していて娼婦と間違えられて声をかけられた女性がいたという話を聞いたこともある。

 それでも今はそんなことにお構いなしに、当たり前のように電車の中で化粧している女性を見かける。 忙しすぎてか 寝坊のために時間がないのか、あるいは時間を有効に使うためにか、電車での移動時間を積極的に利用して化粧しているようである。

 見るとはなしに見ていると、最近は随分色々と沢山な化粧道具があることに感心させられる。それに化粧用のパフか何かのケースについた様な小さな鏡を見ながら、引き替え、取り替え、次から次へとバッグから小さな刷毛や小物の道具を出したり、入れたりして、よくもまああそこまで、手際よく化粧が出来るものだとあっけにとられるぐらいである。

 今の化粧は昔のように口紅に頬紅などよりも、目の周囲の化粧に重点が置かれているようである。アイシャドウをつけ、アイラインを引き、まつ毛までつけるようで、するべき仕事もなかなか多い。それを電車が最寄駅に着くまでに仕上げなければならない。

 電車が空いていて座れればやりやすいであろうが、いつだったか、私が座っている前に立った女性は立ったまま器用に化粧をして、つけまつげまでつけるので、感心して見ていたことがあった。

 もう終着駅が近づいているのに片方のまつ毛がまだ全然手付かずなのである。もう終点間際なのに間に合わない時にはどうするのだろう。片方だけでは余計に人前にも出られないにじゃなかろうか。他人事ながら気になっていたが、とうとう電車が止まり乗客が降り出したと思ったら、いきなりバッグからサングラスを出してかけ、あたふたと降りていった。慣れた仕草だった。ああいう手があったのかと感心されたものであった。

 

沖縄の人の苦しみ

 自分の畑にヘリコプターが落ちて火災を起こしても、本人はおろか警察に行っても、警察も燃えたヘリコプターを調べたり、指一本触れることもできない。

 沖縄でまた米軍のヘリコプターが私有地に墜落、炎上した。まだオスプレイが墜落大破した事件から一年も経っていないのである。今回は住民にも乗組員にも怪我がなかったが、過去には今度と同じ大型ヘリコプターが沖縄国際大学に墜落する大事故もあった。

 米軍の飛行には何の制限もないので、沖縄の人たちは四六時中騒音に悩ませられている上に、頻繁に起こるこうした事故に恐怖を感じさせられるが、それに対して警察も政府も何もしてくれない。県や政府が同型機の飛行停止を求めても、米軍の処理が済んだら住民の要望など無視されて、飛行はまたすぐに再開される。今回も小野寺防衛大臣が飛行停止を求めても、米軍は96時間停止すると言うだけである。こうしたことが永年の常態となっているのである。

 日米安保条約がすべての日本の法律より優先するので、住民は泣き寝入りするより仕方がないような仕組みになってしまっている。しかも、こんなことがもう七十年以上も続き、さらに将来もいつまで続くか際限もない。主権がないというのはこういうことだと、何か事件が起こるたびに思い出させられる。直接危険に晒される沖縄の住民にとってはたまったものではない。

 沖縄へ行って少し高いところから周囲を見渡してみるとよくわかる。緑豊かに見える良さそうな場所は皆アメリカの基地やその関連施設であり、その間にぎっしりと詰まった市街地が沖縄で暮らす人たちの住んでいる所なのである。いかにアメリカ軍がゆったりと使い、沖縄人が狭いところに押し込まれるように暮らしているか、その格差の大きいのに驚かされる。

 これが東京や大阪だったらどうだろう。日米安保条約も基地の問題も法的には何も変わりがない。羽田を飛び立った飛行機は急上昇してアメリカ軍の管理空域を避けねばならないし、アメリカ人はパスポートもビザもなしに横田基地から日本国内に入ることも出来るのである。遠く離れた島に基地を集中するなどによって、皆の目をごまかしているに過ぎないことに気付こう。そうすれば沖縄の人々の苦しみもわかろうというものであろう。

 ここでは事故のあった沖縄のことだけを取り上げたが、見えにくくされているだけで、同じような不条理なことは日米安保条約が存在し、それが続く限り、日本中どこででも起こっていることなのである。日本の憲法より優先する日米安保条約を廃止しない限り、日本が完全に独立し、日本人が日本のことを決める日は来ないことを知るべきである。

 自分たちの事を自分たちで処理できないこんな不条理なことがいつまでも続いて良いわけはない。政府の隠蔽やごまかしに騙されないで、皆で理解して改善の声を大きくしていかねばならないであろう。

 復古主義憲法を変えたい人がよく「平和ボケ」などというが、「平和ボケ」より「植民地ボケ」の方がずっと怖いのではなかろうか

住宅地の中の小さな公園にて

 夏も終わり気持ちの良い日がやってきて、空もよく晴れていたので、女房にも助けてもらって、久しぶりに姉の入っている老人施設を訪れ、姉を車椅子に乗せて近くの公園へ連れ出した。

 住宅地の間を流れる小川を改修して周囲を公園にして、川に沿って遊歩道が続いている。所々には休憩室やプレイグランドなども作られている。その中をあちこち移動して、あちこちで休み休みしながら、公園の中を散策した。適当な場所で持参した弁当を開いて周囲を見ながらゆっくり食事をし、その後は公園のすぐ脇にある喫茶店に入ってコーヒーとケーキでゆっくり寛いだりして、楽しい時間を過ごした。

 夏も終わったとはいえ、まだ日向では汗ばむぐらいであったが、公園の樹木はそろそろ落葉も見られ、紅葉の兆しも感じられた。小さな公園でも家並みの続く市街地とは違い、リラックスした感じになれるし、また公園にに来ている人たちを観察するだけでも楽しいものである。

 ちょうど体育の日で休日だったので、Japan Walkという団体の大勢の人たちが皆黄色いシャツを着て公園の緑道を歩いて行くのに出会ったが、なんでも全国的な組織で、オリンピックやパラリンピックに出た選手と一緒の歩こうという会だそうで、老人から子供まで14キロの行程を歩くそうで、車椅子の人や盲導犬と一緒の人たちも見られた。 

 その一段が通り過ぎてしまうと、後は緑の木々に囲まれ時にそよ風も吹き、静かな郊外にでもいるような感じで落ち着いた感じであった。

 ベンチに座って、ゆっくり来ている人たちの姿をを見ていると、男親が小さな子供を連れて来ているケースが一番多かった。小さな子供が階段状になった遊具を一段ずつ登るが、怖くなったら父親に助けを求める姿も可愛かったし、おそらく父親が好きなので始めたのであろう、小さな女の子がなかなか上手にサッカーボールを裁く元気な姿も見られた。「上手だね」と褒めてやったら、父親の所に行って褒められたことを自慢して報告していた。他にブランコで遊ぶ親子や、自転車でやって着ていた男の子なども見た。

 ただ驚いたことは皆男親ばかりで、母親の姿を見なかったことである。休みの日であったこともあるのだろうが、最近はイクメンなどという言葉も流行るぐらいで、男親が結構子供の面倒を見るようになって来ていることを感じさせられた。時代がいつのまにか変わってしまっているようである。そういえば他所でも、最近はアベックで男の方が赤ん坊を抱いている姿を見ることも多くなった。

 そうなれば奥さんの方は家でどうしているのであろうか。最近は共稼ぎの家庭が多いので、あるいは休みの日に溜まった家事を片付けて、邪魔になる亭主と子供を体良く追い出して、亭主に子供の面倒を見させているのかも知れない。

 ただ見ていて面白いのは、それぞれの親子の組みが近くで一緒に遊んでいても皆別々で、お互いに会話を交わしたりすることがないことである。これが母親であればすぐに話が弾んで、子供も巻き込んで一緒に遊ぶのであろうが、男親ではそうはいかない所が違うように思われた。老人ホームなどで見ていても、女性はすぐにお互い打ち解けて仲間を作るが、男性は大抵孤独なのと似ている。

 こうした親子組みの他に、公園を利用しているもう一つの人たちは孤独な爺さんである。皆一人で自転車で来たり、歩いて来たりで、適当な所でベンチに座り、何をするでもなく、ただぼんやり休んでいたり、持って着た缶ビールを飲んだり、タバコを一服したり、少しだけ自己流のストレッチ体操をしたりして、しばらく休んでまたぶらぶらあてもなくあちこちさまよっている感じである。

 不思議なことに爺さんばかりで、婆さんも殆ど見なかった。老人の人口から言えば、爺さんより婆さんの方が多いはずだが、婆さんはどうしているのであろうか。婆さんが家で頑張っているので、会話もなく、何の役に立たない目障りの爺さんは追い出され、行くあてもなく、孤独な公園めぐりということになっているのであろうか。

 都会の中のオアシスのような静かな公園はこうして住居の貧弱なこの国で、家庭を追われた哀れな爺さん達が孤独を慰める避難所にもなっているようである。

 

モリカケ解散

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 今日が衆議院議員選挙の公示日で22日が投票日となる。今回の選挙は安倍首相が首相の専権事項だとする解散権を振り回して強引に解散に持っていったもので、その事自体が異常とも言えるものである。

 森友学園加計学園問題の追求で急速に支持率が低下したので、憲法で規定されている野党による国会招集にも応ぜず、3ヶ月経って国会が開かれた時には、何の議論もなく冒頭解散して総選挙に持ち込むという憲法にも違反する暴挙に出たわけである。

 森友学園加計学園問題の追求を避け、たまたま起こった北朝鮮の弾道ミサイルや核開発を絶好の口実として、危機を煽り、国民を脅して恐怖を募り、民進党よりの脱党者が相次いだり、東京都知事による政界再編運動が動き出すなどの政治情勢を見て、今なら勝てると踏んだことによる解散であることは見え見えである。

 それでも解散には何か口実が必要なので、首相は消費税アップの使い道を高齢者の保障から子供や若者を含む全世帯の保障に切り替えるために信を問うための解散であり、国難を乗り越えるためだと言うが、もっと大事な安保法案や共謀罪法案の時には解散せずに国会での十分な議論さえソコソコに強行採決たことを見ても、こじつけの説明に過ぎないことは明らかである。

 どう見ても今回の解散、総選挙は森友学園加計学園問題隠しが最大の焦点である。政府は北朝鮮の危機を煽り、この危機の状態の時に森友学園加計学園問題などの小さな問題を取り上げる暇はないというような態度で乗り切ろうとしているが、解散のきっかけが森友学園加計学園問題であれば、この政策の私物化は国会で最後まで追求すべき問題で、決して蔑ろには出来ない重要な論点である。

 それに北朝鮮問題にしても、危機を煽ることよりもいかに対処して解決に導くかが問題であるのに、安倍首相は対話を否定して圧力を主張するだけで、解決はアメリカ任せで国としての方策を示すことさえ出来ていない。それでいて「国民を守る」とはよく言えたものである。

 この選挙では、おそらく小沢一郎氏が裏で仕掛けたのであろう、小池都知事希望の党への民進党の合流や、それに反発した立憲民主党の立ち上げなどがあり、三つ巴の戦いとも言われるが、小池知事が自民党防衛大臣を務めた人物であり、日本会議のメンバーであることからすると、希望の党自民党の補完勢力であり、選挙の本質は三組の争いではなく、憲法を改正してアメリカの思し召しよく戦争のできる国にしょうとする自民党を中心とする勢力と、憲法を守りあくまで平和を追求する革新勢力の争いである。

 ここらで安倍政権を倒さないと、このまま進めばこの国は再び破滅の底に落ちかねない、ここらが分水嶺になるような気がする。少しでも多くの人が投票所に足を運び投票率を上げることが革新勢力に有利なのではないかと思われる。18歳や19歳で初めて投票に行かれる人もよく考えてできるだけ多くの人が投票所に行って欲しいものである。

車内での飲食

 私の子供の頃は決まった場所以外で食事をするような習慣がなかった。田畑で働いたり、野山を散策したりするときにも、決まった時間に弁当を広げて食事を摂ることはあったが、仕事をしながらとか、歩きながら食事をすることは考えられなかったし、何かをしながら飴を舐めたり、チュウインガムを噛んだりするのも行儀の悪いこととされていた。したがって当時は飴などを頬ばっても他人に知られないように密かに味わっていたものであった。

 ところが戦後になって世の中が変わり、欧米文化が浸透して来るとともに日本人の食事の仕方も徐々に変わってきた。先ず驚かされたのは占領軍がきてどこへ行っても歩きながらチュウインガムを噛んでいる姿を見たことであった。行儀の悪いのは兵隊だからだろうという見方もあった。

 しかしやがて「ローマの休日」という映画が一世を風靡するようになると、王女役のオードリヘップバーンがローマの街で歩きながらソフトクリームを食べているシーンがあるではないか。アイスクリームなどはああして食べても良いものだということが、ある種の憧れのようにもなったのだった。

 そんなことがあって、お祭りの時などでなくても、アイスクリームなどを街角や歩きながら食べる人が増えてきた。その後は他の生活面でも欧米化が進むとともに食事の取り方も変わってきた。それでも食卓以外で、人前で断りもなく食事をするのはマナーに反するとする風習はかなり後まで残っていたような気がする。

 昔から長時間乗る汽車の旅などでは駅弁なども売っていたことだし、車中でお弁当を広げて食べるのは当然なこととして認められていたが、地下鉄や郊外電車のように比較的近距離を走り、人の乗り降りも頻繁で、座席も両側に長く、すぐ前にも人が立つような車内では飲食しないのが無言の決まりのようなものであった。飴やチョコレートなどを頬張る時でも人知れずこっそりするのが普通であった。

 ところがいつの頃からであろうか。最近は男女を問わず、若者が当たり前のように車内でおにぎりやパンを囓っている姿を見るようになった。立ったまま食べている人もいる。先日びっくりさせられたのは、座席に座って大勢の前で堂々とカップヌードルを、それも箸を使って食べている女性の存在であった。一昔前なら考えられない光景である。

 どうも自動販売機が発達し、簡単にペットボトルで飲料を飲めるようになって、車内でも水を飲む人が増えたのが先導したように思われる。車内でのペットボトルの利用が多くなると、次にはコンビニなどで簡単に買えるようになったパンやおにぎりで、車内で簡単に食事を済ませようという人が出てきても当然であろう。

 朝寝坊をして職場に行くのに、朝飯の時間がない時など、コンビニで何か買って食事を電車の中で済ませれれば、こんな効率的なことはない。通勤途上で食事を済ませることができるのである。それだけの時間寝坊できるというものであろう。

 朝飯抜きで出勤するより、電車の中ででも食事をした方が健康のためにも良いであろう。忙しい独り者にとっては効率の良い生活の工夫なのかもしれない。感心なのは、こうして車内で食事を済ませた人たちが食べたおにぎりやパンのラッピングや食べ残しなどを綺麗に後片付けして、どこかに仕舞い、食べカスやゴミなどを散らかす人が皆無なことである。そして、食べ終わったらまるで何もなかったかのように、今度はスマホを出して見たりしている人が多い。その日のニュースもそれでバッチリなのであろう。

 こんな風景は日本だけのことであろうか。アジアでもヨーロッパでも、はたまたアメリカででも電車の中で人前で食事をしている風景はあまり記憶にない。いつかロサンゼルスのサブウエイに乗った時に見たのは、車内の柱の上から下まで禁止事項のサインが一杯貼られていることだったが、禁煙などととも食事をしてはいけない、飲み物を飲んではいけないなどのサインも並んでいた。鉄道の維持経費を安くあげるために掃除人などがいないので、ゴミを出さないためにこうしたサインが必要なのだと言うことだった。

 私は不特定多数の公衆の面前で食事をするのには違和感を感じるが、国が違えば文化も違うし、時代が移れば人々の考え方や行動も異なってくるし、それに対する規制の仕方も変わってくるものであろう。 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロスアンゼルスのサブウエイでは禁止

掃除人いない 清潔保つには禁止しかない

皆ゴミをほかす

街を歩きながらガムを噛んだりアイスクリームを食べたりするのは欧米文化

のれんのある町

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 数日前に岡山県の北部の山あいにある中国勝山を訪ねた。そこからさらに北へ行った所にある有名な湯原温泉には、まだ父母が健在な頃に子供たちも連れて家族で出かけた思い出があるが、その時はバスの乗り換えか何かで勝山も通ったような気がするが、ただ通過しただけで、町の景色の記憶はない。

 今回は、女房が新聞か何かで勝山が古い町並みを保存し、店々に草木染めなどの暖簾を掛けるなどして観光に力を入れていることを見て興味を示し、行きたい場所のリストにあげていたので、興味をそそられ出かけることにしたものである。

 岡山まで新幹線で行き、駅前から長距離バスで約2時間かけJR中国勝山駅に到着した。勝山は岡山市の東部を流れる旭川の上流に沿った出雲街道の通る山間の宿場町で、昔は二万三千石の三浦家の城下町でもあり、また近在の木材の集散地で、旭川を経た高瀬舟による舟運の基地でもあったなどと、この地方の中心的な街として古くから栄えていた町のようである。

 このような歴史的背景から出雲街道沿いには古い商家や酒蔵などの家並みが揃い、それらが良く保存されてきたので、1985年にいち早く岡山県で最初に町並み保存地区としての指定を受けたようである。以来、観光にも力を入れて、住民の努力で草木染めの暖簾をそれぞれの店先に掛けることが推奨されて拡がり、「のれんのある町」として知られるようにもなったそうである。

 街を歩くと軒並みに、色々とその店にあった違った暖簾がかけてあり目を楽しませてくれる。染色は1ヶ所でしているが、柄はそれぞれの店の注文によっているそうで、その店にあったデザインや、抽象的なものも多く、中々垢抜けたものも見られる。酒屋は醸造酒銘の、郵便取次をしていた所はポスト模様、理容店では櫛をイメージしたデザインなどというのも面白い。一軒キリスト教の教会があったが、そこにも百合と十字架をあしらった暖簾がかけられているのも微笑ましかった。

 こうして暖簾を見ながら街を散策した後には、少し離れたところに武家屋敷が公開されていたし、また小高い山裾には何軒かお寺が並んでいたり、三浦家ゆかりの神社などもあり、昔懐かしい風情の田舎の町を結構楽しませてくれた。お寺の墓地に散在していたは真っ赤な彼岸花が丁度見頃で、中々見事であった。

 中国山地の山合いにまだこのような古い街並みが残り、白壁や格子窓とモダンなのれんの組み合わせもユニークでなかなか貴重なもので、この風景は是非いつまでも保存しておいて欲しいものだと思わずにはおれなかった。

 ただ心配なのは全国的にどこでも同じだがだが、少子高齢化や人口減に伴う地方の過疎化がこの町でもやはり忍び寄っていることである。JR勝山駅も駅舎は立派でも、今では通る列車も一日数本に過ぎなくなり、構内は列車を待つ人もなく閑散としており、駅前にあるバス乗り場の方がコミュニティバスも止まるので待っている人がいくらかはいる有様である。

 商店街にも人通りがなく、わずかな観光客には出会ったが、これで街道の商店や食堂などはやっていけるのだろうか。この懐かしい風景もいつまで維持できるのだろうかとふと心配になった。

この国はどこへ行くのか

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 安倍内閣森友学園加計学園の問題などによって急速に支持率を下げ、八月に新内閣を発足させたが、野党の追及を恐れて憲法による野党の国会召集の呼びかけにも応ぜず、3ケ月も放置した後に、あらぬ事か秋の国会を開いて何もしないで冒頭に解散、総選挙という暴挙に出た。

 民進党からの離党者が多く、森友、加計問題をうやむやにできるだろうし、北朝鮮問題で危機を煽っているので勝算ありと見たのであろう。ところが小池東京都知事が新党を作り、そこへ民進党の前原代表が民進党を潰して小池の希望の党に合流するという話が唐突に沸き、もうめちゃくちゃな烏合衆参の政治状況となり、選挙を前にして候補者たちが右往左往している。

 有権者がどのように判断するか興味のあるところだが、希望の党という新しい党ができると、自民党よりはマシだろうと思う人もいるし、原発廃止や消費税引き上げ反対に期待をかける人もいようが、希望の党は自らも言っているように保守の党であるばかりか、安保賛成、軍備増強、憲法改正を主張している党であることを認識しておかねばならない。

 小池知事自体が自民党で閣僚も務めた経歴の持ち主であり、右翼の政治団体である日本会議のメンバーでもあり、いつかのSNSに安倍首相と握手をして選挙の時には協力しましょうと行っており、希望の党は第二自民党とも言える自民党の補完勢力であることは明らかである。

 したがって民進党のリベラル傾向の強い人たちを排除した上での民進党希望の党への吸収合併ということになるであろう。その結果として、政界再編で保守の二大政党制を作ろうと言うことのようである。おそらく小沢一郎氏あたりが裏で動いているに違いない。

 それはともかく、こうなれば日本の政界は戦前の政友会と民政党の二大政党制と同じようなことになりそうである。以前の社会党共産党などとの左派と右派との対決の時代は最早過去の話で、今後はどちらに転んでも大差はない二大保守政党が政権をやり取りすることになりそうである。そしてこれらと真に対決するリベラルな勢力はますます片隅に追いやられる構図になりかねない。

 戦前とますます似てきていることが恐ろしい。戦前の政友会や民政党はやがて大政翼賛会に吸収されてしまい、軍部を中心に「一億一心」を唱える独裁政府となり、戦争へと突き進んでしまったことが思い出される。恐らく数を頼りに憲法は改正されてしまい、公然と戦争のできる国になり、秘密保護法や共謀罪で国民は取り締まられ、アメリカへの従属関係を深め、国民を犠牲にしてアメリカのための戦争に加担していくことになるのではなかろうか。

 その先に来るのはどういうことであろうか。戦前と今では世界はすっかい変わっている。独裁的な政府の外国への依存は、いつかは梯子を外されて惨めな破滅の結果を齎す可能性の大きいことも考えておかなければならないのではなかろうか。

 私は最早それまでは生きていないであろうが、長い間生きてきた故郷の国が再び滅亡の目に合うような想像はしたくないが、今の流れの先を見ると心配でならない。