どんな人でも生きる権利があり、生活に困った人は生活保護法を利用する権利があるにもかかわらず、国の生活保護法は多分に施しを思わせる面が強く、困っても生活保護には頼りたくない人たちも多い。政府の方も、出来るだけ対象者を絞り、高圧的で上から目線で、施しを与えるといった態度で接することが多く、いろいろ難癖をつけられる。その上、一般の生活困窮者からの偏見や差別なども受けやすいので、実際に生活に行き詰まっても、生活保護法を受けていない人も多い。
そういった人びとがホームレスとして街の隙間に住み着くのであるが、行政の方は、出来るだけ生活保護法などによる救援はしたくないし、街の美観を損ね、犯罪にも繋がりかねないなどを口実に、出来るだけ人目につき易い所からホームレスの人たちを追い出そうと試みることが多い。
そのための様々な工夫もされることになる。先ずはホームレスが雨風を避けて夜の寝ぐらに利用するのに都合のよい場所からのホームレスの追い出しの工夫である。
ホームレスの人たちにとっての最低限の要求は夜の寝ぐらである。昔から橋の下などが最も好まれた場所だったのではなかろうか。ところが、大都市の中の川の橋の下は、今ではどこも通行に必要な部分を除いて、その両側は金属の柵や金網で仕切られたりして、入れないようになっている。
そればかりでなく、誰もが利用出来る公園のベンチには座席に間仕切りが作られ、ベンチの上に寝転ぶことが出来ないようになっている。また、橋の欄干から横に突き出たスペースで、通行人の邪魔にならずに、橋からの眺めを楽しめるように作られたスペースには、ホームレスの人の寝ぐらに出来ないように、大きな石などを置いて人が横になれないようにしてる。
ホームレスの人たちが一般の人たちの邪魔にならないように苦労して選んだ場所まで、市の美化のためとして、ホームレスを寄せ付けないようにしている。まるで嫌がらせである。そこまでするのなら、それより先にホームレスの人たちがもっと安心して眠れる場所の工夫をするのが公共の責任なのではなかろうか。
一頃、梅田の地下道には、毎晩何十人とも知れぬホームレスレスの人たちが並んで寝ていた時期があった。ある時、そこにまだ真新しそうなパーカーを被った女性が新たに加わったのを偶然見かけたことがあった。
毎日のように朝早く、同じ所を通っていたので見ていると、以来、その女性は毎日同じ所あたりで寝ているではないか。赤色のパーカだったので目についたが。通るごとに見ていると、そのパーカーが次第に汚れて汚くなって行くではないか。それでも、女性はそれからもずっとその辺りで寝ているようであった。彼女がどうして、そこでいつも寝るようになったかはわからなかったが、人の世の儚さに今でもその光景が忘れられない。
世の移り変わり、人々の運命もさまざまである。しかし、同じ人間であれば、政府は生活保護法を使って、どんな人にも最低限の衣食住は保証すべきではなかろうか。ホームレスの人々も我々と同じ権利を持った人間である。