先に書いたように大勢いたホームレスの人々の中には、幸運や才覚に恵まれ、それなりに優雅?とも言えるホームレス生活をしていた人もいたようである。
大阪市役所の北側の堂島川の堤防に、普段は使われていない小さな船着き場?があり、道路横の植え込みに狭い通路があって、その突き当たりの堤防に梯子があり、そこから堤防を越えて、下の船乗り場までも階段で降りられるようになっていた。しかし、全く使われていないので、殆ど誰にも知られていなかった。その階段が堤防の外側に張り出しているので、その階段の下には、小さな空間が出来ていた。それに目をつけて、そこを我が家として利用している人がいたのには驚かされた。
堤防の外側なので市役所やその前の道路などからは全く見えず、隔離されているし、一人が寝るだけのスペースは何とか確保出来る。階段の下なので、階段の踊り場が屋根となり雨はかからないし、誰にも邪魔されずに、川面を眺め、船の行き来を楽しみながら、一人で悠々と暮らすことが出来るというものである。よくぞ、こんなに良い寝ぐらを見つけたものだなと感心させられたのであった。
また、それから少し下流のやはり同じ堂島川の川縁では、道路面より一段高いところに遊歩道が作られており、その所々にフラワーポットなど作られていた。その遊歩道あたりにも優雅な?暮らしを楽しむホームレスの人がいた。
夏の暑い時であった。朝の早い時間に見たのだが、どこからともなく、手拭いを肩に掛け、上半身裸の男が盥のようなものを抱えて堤防の上の遊歩道を歩いて行くではないか。どこへいくのか見ていると、フラワーポットの所で立ち止まり、植え込みの植物が枯れて空っぽになったポットの中に溜まった水をすくって頭から被り、行水を始めるではないか。おそらく堤防の近くのどこかに寝ぐらがあり、そこに住み着いていたのであろう。
暑い夏の朝のシャワーとは、良い所を見つけたもにのである。きっとシャワーを浴びて清々しい気分でその日を過ごしたことであろう。ホームレス生活も捨てたものじゃないよと言っているかのようであった。
また御堂筋を梅田から淀屋橋まで朝早く歩いて通勤していた頃、時々出会うホームレスの老人がいた。いつもキャリヤーに持ち物を積んでそれを引っ張って歩いていた。ところが、ある朝出会うと、キャリアーから服装まで新しいものに変わっているではないか。当時、聞くところによると、ホームレスの人たちを相手にした市(いち)のような所があったらしく、何かでお金が入ったので、そこで新調したものではなかろうかと想像された。
ホームレスでも、それぞれに、それなりに工夫して、少しでも快適に暮らせる様に工夫していたのであった。 まだ通勤ラッシュには早すぎる時間には、御堂筋近辺でも時にホームレスの人たちの生活の一面を見ることが出来たのはいつ頃までのことだったであろうか。