
雪国の人には申し訳ないが、ここ大阪では、近年殊に雪が少なくなり、雪景色が待ち遠しくなっている。今日は衆議院議員の選挙の投票日なので、雪国の人たちは選挙に行くだけでも大変だろうし、雪かきや屋根の雪下ろしなど、さぞ大仕事だろうと、同情するが、地球温暖化の影響か、雪を見ることが少なくなると、雪景色が懐かしくなるものである。
もともと冬でも、雪がそれほど多くはなかった土地であるが、子供の頃には、雪合戦をした覚えもあるし、雪の校庭を走っていて指の霜焼けが破れた記憶もある。毎冬2〜3度ぐらいは雪がちらつき、一度ぐらいはわずかにでも積もって雪景色になったものであった。
ところが今世紀になった頃からか、雪がちらついても、地面が真っ白になる程積もることが殆どなくなってしまっている。一冬に一度ぐらいは積もってくれたらと思うのだが、一度ぐらい近所の家の屋根を白くするぐらいのことで、昨年はとうとうそれもなく、積もるほどの雪は一度も見る事ができなかった。
今年は一度ぐらい積もってくれないかと期待していたら、テレビで見ると北陸や東北、北日本では大雪という。そのお溢れにありつけないかと思っていたが、願いが叶ったのか、今日は朝から何年かぶりの銀世界が広がった。庭の木々も近くの家々の屋根も白くなり、雪もちらついている。何年ぶりかの雪景色である。
我が家の雪で記憶にあるのは、アメリカに住む孫がまだ四つか五つの頃、丁度我が家に来ている時に雪が積もり、庭に雪だるまを作った事があった。その孫がもう30歳を超えているから、随分以前のことになる。
それ以来、雪だるまが作れるほどに雪が積もったことはない。何年か前、近所の家で朝早く門扉の外の道路の雪を集め、小さな雪だるまを作っていたが、夕方帰宅の途中で見るともう溶けたなくなっていたことがあった。その宅の子供もはや成人して家を出たのか見かけない。
雪が少なくなると、暗く単調で寒い日が続く冬には、そこら一面が白く覆われた雪景色が懐かしく、一度ぐらいは見てみたいものだと思うのだが、今日はようやくありついた感じ。女房も喜んで庭に小さな雪だるまを作っていた。
その雪だるまや庭の雪景色を眺め、楽しんでいると、ひょっとしたら、もうこれがこの世で見た最後の雪景色になるのかも知れないなとの思いが浮かび上がってきた。