戦後の時代が落ち着いて来て、”朝鮮戦争のおかげ” もあり、復興も徐々に進み、世の中も少しづつ明るさを取り戻し、活気が出た来たが、それでも、今日まで、大阪からホームレスの姿が消えることはなかった。
早朝や夕暮れに人気の少ない街を歩けば、必ずと言っても良いぐらい、どこかでホームレスらしき人に出会うのが普通であった。もういつの頃だったか忘れてしまったが、印象深かった光景もいくつか思い出せる。
どうして行ったのかも思い出せないが、ある時、森ノ宮駅の方から大阪城公園の林の中へ入って行った時に見た光景は今も忘れられない。公園の森の中にホームレスの人たちの小さな集落が出来ているではないか。
原始の時代の集落の成り立ちを示しているかのように、小さい広場を囲むようにして、ブルーシートの掘建小屋がいくつも並んで建っていた。何列にもいくつも同様な小屋があり、人々が何かを食べたり寝ていたりしており、一つの集落を作っているのに驚かされた。中心にある建物は掘立て小屋だが何と二階建てのブルーシートの小屋であった。
もう一つは、どうして行ったのか忘れてしまったが、年代も少しずれているが、ある時、朝早く四天王寺へ行ったことがあった。その時見た光景も忘れられない。講堂だったか、大きな伽藍の外側に突き出した外の廊下のような所に、大勢のホームレスの人たちが整然と並んで外側に足を向けて寝ているではないか。皆それぞれに自分の荷物を頭のほうに置いて、ダンボールか何かを敷いて寝ていた。
その後方のお寺の壁には「何月何日は大掃除の日です」とか書かれた大きな張り紙がしてあった。どうも想像するに、お寺だから頼って来たホームレスの人たちが軒先に泊まるのを断るわけにはいかない。ことに四天王寺は昔の悲田院の歴史もある由緒あるお寺である。「大掃除の日」には一旦皆を一斉に追い出して綺麗にして、再び宿泊を許可しているようであった。
どちらも、偶然遭遇した景色であったが、ホームレスの人たちにはこういう場所もあったのだということを知ったのであった。