昨日はアメリカ人の孫が、ボーイフレンドと一緒に、久しぶりで来たので、箕面のレストランで、娘と我々夫婦と五人で食事をした。ボーイフレンドが今年もまたグラミー賞を貰ったミュージシャンで、東京で何か催しででもあったのか、そのために来日したので、娘も一緒に来たようであった。
慌ただしい日程で、翌日には東京でもう一つ用があるようで、その次の日にはもう帰国するとのことであった。
その孫は私にとっての初孫であるが、赤ん坊の時から殆ど一年に一度は、母親と一緒に来日し、しばらく我が家に滞在して、家で遊んだり、あちこちへ行ったり、同年輩の親戚の子たちと交流したりしていたので、何分の一かは我が家で育ったようなものでもある。我が家の庭で、一緒に雪だるまを作ったこともあるし、一緒に旅行したり、誕生日祝いをしたこともある。
大きくなってからも、ずっと一年に一度ぐらいは来ていたので、成長していくのを見るのが楽しみであった。大学を出てからは、イラストレーターのようなことをしているようだが、数年前に来た時には、私の一日の生活の断面をSNSにupしたのが大受けし、アメリカの雑誌にも掲載されたり、思わぬ人から声をかけられたりしたこともあった。
今もインスタグラムに毎日のように何か載せているので、私の朝一番の仕事は、パソコンを立ち上げて、先ず孫の撮った映像ということになっている。
私が免疫性血小板減少性紫斑病にかかった時も、丁度春先で、まだコロナの流行真っ盛りの頃で、孫は来るけど、入院してれば面会も出来ないこととなり、こちらの歳を考えれば死んでも良いから会うことを優先させて、治療途中で退院させて貰ったこともあった。
孫ももう三十歳を越えれば、社会的にも色々な都合も多くなる。いつまでも幼児の時のように爺さんと遊んでいるわけにはいかない。
こうして、今回の如く、折角来日しても、結局我家へ寄る暇もなく、食事を一緒にしただけで帰ってしまうことになった。物足りないが、それぞれの用事が優先するものである。私の場合だって、成人してからというもの、親父にすら用がなければ、たまに顔を合わせるぐらいのことだったではないか。孫がそうベッタリといつまでもそばにいてくれるわけがない。
ましてや遠い国に住んでいるのである。たまにでも会えるだけで幸福だと思うべきであろう。