子供の命名

 この頃の子供の名前は難しい。無理な読み方をした漢字の名前や、響きが良いだけの意味不明な言葉などの名前が増え、昔一般に広く使われていたような名前が減ってしまったようである。役所の戸籍登録係が困るようだが、姓でなく名前で呼ぶことの多い幼稚園や保育所の保母さんや小学校の先生など覚えるのに大変だろうと思われる。

 名前も当然、時代によって変わってくるもので、今更「何右衛門」だとか「彦三郎」などは皆無であろうが、もう私の頃にも既に稀であった。女性の名前も、「朝子」とか「みず江」といった子や江のつく名前か、「とめ」とか「はな」とかいった、ひらがなだけの名前が多かった。

 丁度、私が娘たちの名前をつけなければいけなかった頃は、まだ戦後の民主主義への変革の時代だったので、名前も従来からのありふれた名前ではなく、平民的、民主的で、短く読み易い、それでいて将来の夢や理想を秘めたような名前にしようと考えた。

 ところが当時はまだその手本となるような名前が見つからない。それに当時の私は地名や人名などの固有名詞はカナで表記すべきだとしていたので、子供の名前もカナにしようと思っていたが、どういう名前が良いか、とんと見当もつかなかった。

 そんな時丁度、学会で東京へ行かねばならなかった。今なら新幹線で三時間だが、当時はまだ在来線のつばめやはとで大阪から東京まで八時間かかった。時間がたっぷりあったので、行きは学会での発表の準備などに当てられる便利さもあったが、帰途の八時間は退屈であった。

 そこで退屈に任せて テープ状に切った紙に、アイウエオからワ行の終わりまで順に書き並べ、それにアからイ、ウ、エ・・と一文字づつ順に当てはめて、名前として使えそうな二文字を書き出し、良さそうなものを選んだ。

 その結果、最終的に選ばれたのが「ミナ」であった。これでいいやと思って帰ったが、女房からも母親からもカタカナ名に猛反対された。それでもカナ文字論者でもあったので、そのままで行こうかと考えていたが、ひょんなことから人並みに漢字にしようと変わった。

 丁度その頃、頼まれて、十三の次の淡路駅の近くにあった区役所での、生活保護申請だったかの健康に関する書類の相談のようなことをしていたのだが、そこでたまたま「ミナ」というカタカナ名の老婆の申請者名が出て来たのを見せられ、ミナという貧しい老婆の印象が浮かび、カタカナ名に反対されていたところだったので、カタカナをやめて普通のように漢字にすることにして「美奈」という名に落ち着いたのであった。

 それから4年後、2番目の娘の時は簡単であった。上の子と同じような感じの名前にしようと思い、漢字も左右対称で、意味も似ている「美」の代わりに「香」として「香奈」としたのであった。

 後になって、我が子に珍しい名前をつけた人から、二人とも大衆的な名前であり、もっと理想的な名前にすべきだという意見も聞いたが、こちらはわざわざ分かりやすい民主的、平民的な素晴らしい名前を選んだのだからと反論したもので、今も後悔していない。