長生きして百歳近くにもなると、もう親しかった友人達は皆先に逝ってしまって、寂しくなるし、体は衰え、行動範囲も狭くなってしまうが、悪いことだけでもない。
良いことと言えば、それだけ長く色々な人々の生活や、社会の現象、その変化などを見たり、体験させて貰えることではなかろうか。こんな世界はもう嫌だ、早くおさらばしたいと思ったこともあるが、死んでしまっては、もう何も見えなかったわけである。
誰しも、将来については人様々な見込みや見通し、あるいは夢を見るものであろう。長く生きておれば、それだ、実際に試みたことがどうなったのか、成功したのか、失敗したのか確かめることが出来る。実際に自分がやらなかったことでも、思ったものがどうなったのか結果を見ることが出来るのがありがたい。
勿論、希望に添えることもあるが、全く思いもよらないことになってしまうこともある。見ない方が良かったことだって多い。それでも、どんなことにしろ、結果は知りたいものである。良かれ悪しかれ、生きていないとそれはわからない。
戦争に負けて世の中が急変し、それまでの全存在を否定され、どう生きるべきかも分からぬままに世間に放り出されて、死を考えたこともあったが、あの時、死んでいれば、それから後の自分はもういなかった訳だから、その後の日本の発展や社会の変化も見れなかった訳である。その時々の全ての喜びや悲しみもなかったことになる。
若い時は勿論、それから後になっても、こんなに長く生きてるとは思わなかったし、世の中が今日のように変わるものだとは考えられなかったが、九十七歳まで色々見せて貰えたことは長生きのお陰で感謝せずにはおれない。
ただ願わくは、この国がもう一度、完全な独立国になって輝いてくれることだが、それが見えないのが残念である。