ガザでの餓死は文明社会の恥  

   あばらの子アウシュビッツそのままに(大阪・早田良二)(朝日歌壇から)

 パレスチナのガザでの子供達の餓死を世界はただ呆然として見ているだけで良いのだろうか?この我々文明社会の恥である。ガザでの死んだ子供を運ぶ親や、餓死寸前のように痩せ細った子供の写真など正視に耐えない。これが我々の住む文明社会の姿なのかと疑わざるを得ない。

 この現在の文明社会では、理由が何にあるにしろ、普通に生活して来た人が、譬へ戦争であっても、餓死させるようなことは決してあってはならない。敗戦国の子供であっても、例外ではない。それが皆の認める現代社会のルールではなかろうか。

 ガザにおける大勢の人々、中でも多数のいたいけない子供の餓死は絶対に許されるべきではない。ナチスアウシュビッツなどの強制収容所によるユダヤ人の大量殺戮と同じく、同じ人類に対する計画的犯罪である。人間が人間の食糧供給を断ち、人為的に飢えさせ餓死に至らしめる行為は、原因の如何を言わず。人間として決して許すことの出来ない犯罪である。

 ネタニヤフ首相の率いるイスラエル軍は、人類文明社会の名の下に、死んでもこの責任を取るべきであろう。この餓死は天災でも、未開社会のためでもない。イスラエル軍が計画的に、武器を持たないパレスチナの人々を攻撃し、包囲し、隔離して、食糧供給を絶ったために起こったことは明白である。

 あまりの残忍さに、世界中で反対の声が上がり、フランス、イギリス、カナダなどではパレスチナの国家承認を打ち出して来ているようだが、アメリカはガザでの飢えを知りながらも、陰に陽にイスラエルを助け、パレスチナ人のエジプトなりへの強制移住などを企んでいるようである。

 何としてでも、このガザの子供達に対する容赦のない餓死を止めるべきである。それを引き起こしたイスラエルに対しては、人類の名の下に厳罰を課すべきである。何はともあれ、いたいけない何の罪もない子供達を餓死から守ることは、この人類社会、ましてや現在文明社会が果たすべき最低限の義務ではなかろうか。