原発事故は誰が責任を取るのか。

 原発事故は誰が責任を取るのか。東北大地震という自然災害によるもので、原発事故も避けられなかったものだったのであろうか。東京高裁の裁判が、地裁の東電の経営者の責任を認め、13兆円だかの賠償を命じていた決定を覆し、この巨大地震津波対策を経営陣に義務付ける根拠は十分でないとしたことが報じられた。

 これでは、原発事故は予測不可能だった自然災害による事故として片付けられ、今だに放射性物質の処理さえ出来ていない、あの大災害に対して誰も責任を負わないことになる。

 地裁の判断は2002年に国が公表した「長期評価」はトップレベルの研究者らによるもので、「特段の事情がない限り、この治験に基づく津波対策を義務付けられる」とするもので、これを踏まえれば、旧経営陣は巨大津波を予見出来たし、建物や機器の水密化を行えば事故を防げた可能性があったとして旧経営陣の責任を認めたのであるが、東京高裁は原発停止を義務付ける程度の合理性が必要として、予見可能性のハードルを極めて高くし、役員の義務を狭めた結論に持っていった。

 「長期評価」については、高裁は「十分な根拠がなかった」とし、原発の運転停止を旧経営陣に義務付けられるほどの信頼性はないとして、旧経営陣の予見可能性を全て否定した。

 これは原発避難者が国などに賠償を求めた訴訟で「現実に起きた地震は想定より大規模で、対策しても事故は防げなかった」とした最高裁判決や、旧経営陣の刑事責任が問われた裁判で、「長期評価の信頼性は乏しかった」とする高裁判決に通底しているものである。

 それにしても「未曾有の大事故の責任を東電の旧経営陣が問われないのはおかしいと被災者たちが考えるのは当然であろう。「長期評価」の出されて後、旧経営陣が津波に対する手を打たなかったのは厳然たる事実なのである。

 こうして、無責任主義の日本では、あれだけの災害すら責任を明らかにせず、有耶無耶に済ませ、国民の納得のいかないままに、再び原発の利用を公然と拡げようとしているのである