アメリカと私(6)アメリカの孫達

 二人の娘が二人ともアメリカに永住するようになってしまい、日本に残るのは夫婦だけとなった。上の娘には子供がないが、下の娘には子供が3人出来た。孫の可愛さもあって、以来日本とアメリカの間を、お互いにどれだけ行き来したことであろう。

 そうした機会を利用して、それぞれの国であちこち行ったものだから、アメリカの国内、日本の国内で、どれくらい一緒にに過ごしたり、旅行したことであろう。多い時は総勢9人、日本人とアメリカ人といっても、ヨロッパ系もいればアフリカ系もいる。もちろんアジア系が最多である。それに中間的な外観の子供達もいる。その上、弟の家族が一緒だった時もあるので、行き交う人には一体どういう集団なのだろうかといぶかる人もいた。

 下の娘の孫は上二人が娘で、一番下が男の3人である。一番上の孫が生まれたのが1994年の正月。丁度、阪神大震災の1年前で、その時には、カリフォルニアで大地震があり、生まれて間もない子を抱いて車で一時避難して、心配したこともあった。

 それからすでに30年、今や孫達も一人前になり、それぞれに自立して、仕事を持っている。一番上はグラフィック・デザイナーで、Instagram にも良く出てくる。次の子は、最近仕事を変えて、フランスの会社のagentのようなことをやっている。下の男の子はアメリカの新聞社の記者である。

 今では、こちらが歳をとって、アメリカまで出掛けられなくなったが、アメリカからは一年に一度くらいは仕事のやりくりをして、ズレはあっても皆が揃って会いに来てくれている。

 2年前に来た時には、上の孫が私の日常をいろいろと写真やビデオに撮り、九十五歳の老人の日常というようなタイトルでTikTokに挙げたところ、反響がすごく、何千にも及び、アメリカの通信社からの記事の依頼まであったこともあった。

 九十歳も後半ともなると、疲れ易いし、外出には歩行補助車が要るし、もはや遠出は出来ない。親しかった友人も皆死んでしまって、孤独になりやすい。今では、一年に一度でも孫たちに会えることが何よりの楽しみになっている。