朝日新聞の朝日歌壇に次のような歌が載っていた
出征兵士あまた送りしわれなれば万歳は耳まで手を上ぐるのみ
始めは、近在の人たちが次々と出征していくのを見送って、皆に合わせて、適当に付き合って、皆と一緒に「〇〇くん万歳」と言って、手を挙げたが、あまり関係のない人までが次々と出征するので、万歳三唱するにも次第に心が入らず、手も中途半端な耳の高さぐらいまでしか上げなかったことを述べているのかなと、単純に読み過ごすところであったが、戦争中の当時の雰囲気を思い直してみると、作者の印象はもっと複雑だったのではないかと思えた。
外観は派手な大勢の見送りでも、見送る人々の心はそれぞれに複雑だったはずである。私の記憶でも、大勢の人たちが出征兵士を囲んで万歳を叫び、多くの人達が日の丸を降って歩く後ろの方で、小さな子供を連れた兵士の奥さんが、人知れずひっそりと歩いてていた姿が今も忘れられない。見送る方も見送られる方もその心は複雑であったはずである。
歌の作者も大勢の出征兵士を見送って、国の動向に合わせ、皆に合わせて万歳も叫んだりしたものの、やはり出征兵士への憐憫の情や、戦争に対する漠然とした不安や疑問なども混じり、皆に同調して万歳はするものの、やはり、どこかで景気の良い大声で、天まで届けと言わんばかりの万歳斉唱にはどこか引っかかるところがあり、そうかと言って、一人だけ万歳三唱に加わらないわけにもいかず、適当に耳の辺りまで手を上げて皆に同調していた、中途半端だった自分の態度を思い出して、この歌が出来たのではないかと考える方が妥当なのではなかろうかと思い返したのであった。
作者の真意はわからないが、あの時代を思い出してみると、耳までしか手を上げなかった万歳のことを取り上げられた作者の思いを想像させてもらった次第である。