メーデー

 今日はメーデーである。以前は毎年派手に行われていた労働者中心の祭典の日であったが、最近は影が薄くなり、続いてはいるが、連休や万博のことは言われても、メーデーについてはあまり話題にも上らない。

 それとともに、5月1日は陰気な冬から陽気な春への本格的な季節の変わり目でもある。桜や桃、藤や木蓮などの春を告げる開花が終わっても、4月末は例年、雨が降ったり、未だ寒かったりして、不順な天気が続くことが多いのだが、5月になると途端に青空が開け、気持ちの良い日が続く様になり、半袖シャツ一枚ででも外へ出たくなるような日がやって来るのである。

 まだ若かった戦後間もない頃、ようやく敗戦によるPTSDといっても良いようなニヒリズムから、民主主義の理想に目覚めかけた頃の明るい未来の展望の中の景色に、青空の下でのメーデーがあったのである。まだ学生だった頃、その日から急に真っ青な上天気になり、メーデーの行列の参加した後、今の阪神百貨店の場所にあったビアホールで飲んだビールの美味かった感触は今でも忘れられない。

 しかしそのメーデーも今でも続けられてはいるものの、一頃の様な盛り上がりはなく、参加者も、それを見守る人たちの数も減ってしまった。

 長い間には、産業構造も変わり、大手の製造業で大勢の労働者達が集まって仕事をする様な時代が過ぎ去り、機械化やオートメーション化、IT化が進むとともに、賃金の安い海外への移転や、外注や下請け、非正規労働者や臨時職員などの増加などに伴い、労働者がバラバラにされ、組合員も減少、労働者の懐柔なども進み、労働者の団結が難しくなり、組合はあれど、資本家と手を結ぶ様な所の多い状態では、最早、メーデーはあっても、本来の労働者の祭典の日ではなくなってしまっている。

 時代は確実に動いている。あれだけ世界を支配したアメリカにも、明らかな凋落の気配を感じられる様になった現在、世界は今後どうなっていくのであろうか。もう残り少ない人生の私が追える世界は限られているであろうが、長年、生きてきたこの地球や、その中の日本がどうなっていくのか無関心ではおれない。