私が仕事を完全に止めたのがコロナが流行り出したのと同じ時なので、もう五年にもなる。当時91歳の暮であった。丁度その頃、急に間歇性跛行が起こり、それまでのように歩き回れなくなったのと前後して、コロナであまり外に行けなくなった。それに、年齢も考えれば当然の成り行きであったのかも知れない。
以来、殆ど自宅のある池田周辺で暮らすようになり、大阪まで出かけることさえ少なくなった。それでも歩けなくなっては大変と思い、近くを専ら歩くようにしていたら、間歇性跛行は8ヶ月ぐらいで治ったが、コロナの流行のため、あまり出歩けない生活は続けざるを得なかった。
ところが、そのうちに今度はコロナの予防注射の副作用かどうか分からないが、95歳の終わりに突然、特発性(免疫性)血小板減少性紫斑病になり、二度の入院と、その後の外来加療を続けることとなり、病気のためなのか、年齢のためかわからないが、足が弱り行動半径も半分ぐらいに縮んでしまった。
それでも散歩やラジオ体操ぐらいは続けているが、あとはパソコンに向かってメールやインスタグラム、フェイスブックなどを覗き、ブログを書いたりするぐらいの毎日になってしまった。それも動作が遅く間違えも多いので時間がかかり、忽ち半日ぐらい経ってしまう。
殆ど何もしていないうちに、たちまち1日が終わってしまう感じである。そんなことで、日常の買い物や、銀行などのお金の管理、家事などは殆ど全て女房が全てやってくれている。
しかし女房も年である。91歳の老婆が97歳の亭主を支えているようなものである。いつまでもこのまま行けるはずがない。少しでも女房の仕事を手伝おうとするが、慣れないので返って足手纏いと嫌がられる。買い物に行くのも歩くのが遅いし、することが上手くないのでさっさと一人で出かけてしまう。
足も衰え、三輪歩行器のお世話になっているし、目も老眼の上、片目しか見えない。耳も聞こえにくい。大事な用事は全て女房と娘で相談して決めているようなものだが、耳が悪いので会話も聞こえにくいので致し方ない。
少しでも手伝おうとしても、こちらに出来ることは限られている。ベッドメイキングや雨戸の開け閉め、冷暖房や電灯の管理、新聞の取り入れぐらいのことであろうか。庭仕事や掃除は体がふらつきやすいので危ないと言ってやらせて貰えない。散歩に行くにも「家で心配しているより良い」と言って付き添って来る。
もう完全に要保護人間らしい。女房の具合の悪い時には娘がやって来る。これだけ保護して貰えれば感謝しきれないが、「眠れない眠れない」と言っている女房の方が心配である。