階段の手摺り(つづき)

 階段の手摺りといえば、どうしても書いておかなければいけない思い出があるので、前項のつづききとして、ここに書き留めておきたい。

 前の項で述べたように、年をとってからは階段を降りる時には、必ず手摺りを持つか、手摺りに手を沿わせる様にして来たが、5年前にコロナが流行り出した頃、初めは実態が分からず、接触感染もあると言われていたので、不特定多数の人が触る手摺りなどには、あまり触らない方が良いのではないかということになった。

 そうかといって、老人にとっては、階段の下りの時など、手摺りを持たないと不安である。そこでスーパーで、作業用の安物の薄手の白い手袋をまとめ買いし、通勤時などには、それをはめて駅の階段などを利用することにした。

 そこで気がついたのは、駅の階段をそうやって昇降すると、白い手袋が忽ち黒く汚れてしまうことであった。それまで気がつかなかったが、大勢の人が利用する駅の階段の手摺りなどはそれほど汚れているものなのである。

 ところが驚いたことがあった。いつも利用する池田駅の改札口を出て、線路の下の建物の中の廊下を通り、そこから外に出る階段はいつも綺麗で、白い手袋が全く汚れないではないか。そこはホームへ上がる階段ほど人が通らないこともあるが、そこらを掃除するおばさんがいて、毎日手摺りも綺麗に拭いているからであった。

 同じ駅の階段でも、こうも違うものかと思い、通るたびに注意して見てみたが、おばさんが掃除している階段やエスカレーターの手摺はいつも綺麗なのである。白手袋が全く汚れないのである。いつも同じ人が働いていたので、機会を見ておばさんについ声をかけて礼を言った。

 その場はそのままで済んだが、それがきっかけでおばさんと顔見知りになり、以来、見かけるごとに挨拶する様になり、「いつも気をつけて行ってくださいね」と応答してくれる様になった。女房と一緒に通ることが多かったので、女房も覚えてしまい、一人だと「今日はお一人ですか」などと言ったりし、しばらく会わないと「お久しぶり」ということになり、すっかり仲良しになってしまった。

 コロナの機会に、手摺りが取り持ってくれた楽しい出会いとでも言うべきであろうか。