サントリー二島の思い出

 96歳ともなれば、もう海外旅行などは無理である。それでも、今は夏休みシーズンだし、まだ元気なので、つい昔行ったあちことのことを思い出したりする。

 70歳代〜80歳代のまだ元気な頃には、女房と二人で随分あちこち旅行したものであった。色々な景色を見、色々な人たちとも出会って、思い出も多いが、中でもよく思い出す一つがサントリーニ島への旅である。

 ギリシャへ行った時、アテネ見物を終えてから、飛行機でサントリーに島まで飛んだのであった。この島はかっての火山の大爆発で生じたカルデラ地形からなり、火口湖にあたる大きな湾を挟み、それを囲むように聳える急峻な外輪山の上に、白壁の街が並び、青いドームを被った教会が見られるエキゾチックな風景の島で、エーゲ海の真珠などとも言われている。

 丁度、日本の飛鳥が寄港して出ていくところで、崖の上の街から見下ろせば飛鳥の白い姿が見えた。お土産屋さんのおじさんがお蔭で儲かったようなことを言っていた。

 この島は夕陽が美しいことでも有名であるが、青いドームの教会を手前に、カルデラ胡のような静かな海を通し、対岸の黒い稜線に沈みゆく夕陽はこの世のものとも思えないほど荘厳で美しく、決して忘れることが出来ない。

 大勢の観光客に混ざって、この美しい夕陽を眺めあちこち動いている間に女房とはぐれ、どこを探しても見当たらない、あたりは暗くなるし、諦めてホテルへ帰ったら、女房も帰っていて一安心したことを覚えている。

 翌日も朝早くから散歩に出かけたら、今度は反対側のエーゲ海から上がる朝日をも見ることが出来た。丁度娘たちが二人ともアメリカへ移住してしまった後であり、また旅に出る前に、たまたまFiddler on the Roof(屋根の上のバイオリン弾き)を見ていたので、この美しい夕陽

と朝日を見て、自然と劇中で牛乳屋のTevye (テヴィエイ)が歌うSun set Sun rize のメロディが頭の中で、繰り返し流れてくるのをどうしようもなかった。劇中の彼も娘たちが皆嫁いでいなくなってしまっていたのであった。

 翌日は島の南の岬に古代の遺跡があることを知り、二人でそこを訪れることにした。稜線に沿った起伏のある道を歩いて行ったが、こちらには観光客の姿は全く見なかった。途中で峠のような所に、オープンな庭を囲った建物がポツン一軒あり、Tea Roomだったか何かの看板が出ていたので、そこで休憩してお茶でも飲むことにした。

 こんな所で喫茶店を開いて客が来るのだろうかと思われるような所であったが、見晴しは言うことがない。広い庭の椅子に腰掛けてお茶を飲んでいると、2〜3歳の男の子が建物から出てきた。庭であちこち歩いていると思っていたら、そのうちに庭の真ん中で、急にパンツを下げてしゃがみ込み、まるで子犬のように排便するではないか。呆気に取られて眺めていると、たちまちパンツをあげてまた向こうの方へ歩いて行った。

 全くの自然児なのである。広い自由な世界で、本能に従って自由に行動しているのであろうか。それが日常の当たり前の姿なのであろうか。後でお母さんが後始末をしていたが、こんな光景は生まれて初めてだったので、いまだによく覚えている。 

 サントリーニ島のあの美しかった夕陽や朝日はsun set sun rise のメロディとともに今も時々蘇ってくる。それとともに、あのワンコロのような自然児も楽しかった旅の思い出から離れることはない。