優先座席での出会い

 2〜3日前のこと、池田から阪急電車に乗って梅田へ向かう電車の中でのことである。電車はそれほど混んでいなかったが、三人座席で区切りになっている優先座席の出口側には若い サラリーマン風の男が座って一心にスマホを見ていた。私はその隣に座った。

 次の駅で、反対側に杖をついた老婆が席についた。そこへ、もう2〜3駅先だったかで、今度はまた杖をついた老婆が、ヨタヨタとしながら乗り込んできた。しかし、もう空席がない、仕方がないので座席についた棒に捕まって立った。隣の若い男はスマホに夢中なので、気が付かない。

 私が声をかけて「もし差し支えがなかったら、代わってあげていただけないでしょうか」と言うと、気がついて席を譲ってくれたので、老婆は座ることが出来た。

 これで3人掛けの優先座席に、老人が三人揃って杖を持って、並んで座ることとなった。後から乗って来た老婆が、少し申し訳なさそうに、病院へ行って来た帰りで大変だったと言うようなことを独り言のように言っていたが、やがて落ち着くと、私を置いてその隣に自分と同類の老婆がいることに気づいて、私を飛び越えて何やら話し出した。

 取り止めもないようなことだったが、私の前を越して会話が飛び交うので、私も気にならないではおれない。何か言わないではおれないような雰囲気だったので「おいくつですか?」と聞いてみた。

「昭和九年」と答える。そう聞けばこちらも歳を言わねばならない。私が上であることを強調するために、一つサバを読んで「私は昭和二年です」と言う。そうすると、反対側の老婆は「昭和十一年です」という。昭和はじめの老人が三人揃ったのが分かると、後から乗って来た方の老人が、良い話し相手を見つけたとばかりに、懐かしそうに、昔のことを次から次へと喋り出す。

 空襲にあって焼け出されたこと、戦後の時代、食料不足で困ったこと、兄が予科練に行ったこと、天皇皇位継承、「神武、綏靖、安寧、威徳・・・」を暗記させられたことなど、次からつぎへと喋り出して止まらない。相手になって話しても良いが、コロナの時代で、電車の中ということを考えると、あまり話したくない。黙って相槌を打つぐらいのところで相手になるよりなかった。

 そのうちに、ようやく電車が十三に着いたので「それじゃお元気でね」と言って立ち上がり、電車を降りた。もう昭和の初めの人たちは数少なくなって、戦争の頃のことを話し合える機会も少なくなってしまっている。お互いに、半ば懐かしくもあるが、大勢の乗客の前であり、しかもコロナでマスクも使用している時なので、適当に相手をして済ませるよりなかったが、思わぬ出会いの経験であった。