滝の広場でワインは如何?

 先日娘の友人のアメリカ人と一緒に箕面の滝へ行った。そのアメリカ人が滝の前の広場で見た光景について話したのが興味深かった。

 彼が先ず驚いたのは滝に向かって頭を下げたり、手を合わせて拝んでいる人を見たことであった。日本の文化について観光客並みの知識は持っているのであろうが、日本人のアニミズムを実際に見た最初だったので驚いたのであろう。

 そう言えば、以前にこのブログでも日本のアニミズムについて触れたことがあるが、日本では季節や天候に支配され易い農業主体の長い歴史の中で、自然とそれをを超越し支配してきた宇宙や大自然、太陽や月、大きな山や川、絶壁や滝など偉大なものに畏敬の念を抱き、それに頼って自分たちの成功や繁栄を願ってきたのであろう。

 今でも名だたる山の頂上には神社が祀られていることが多いし、奈良の大神神社(三輪神社)をはじめとする多くの山や磐座までが祈りの対象なって、今なお庶民の信仰の対象となっている。

 そういう歴史がある日本人からすれば、滝に向かって拝む人がいても当然と思うが、それを知らない一神教キリスト教信者などから見ると、奇異に思えても当然であろう。

 そのアメリカ人によれば、アメリカやヨーロッパであれば、ビーチやレイクサイド、何かの観光スポットの様な所では、多くの人はワイン持参で寛ぐような所なのに、「やはり文化の違いですね」と言っていた。

 ロスアンゼルスのビーチサイドでも、スイスのレイクサイドでも、人々が椅子に座って寛いでワインを傾けている姿をよく目にしたものだったが、箕面の滝の前では、売店のコーヒーやジュース、せいぜいビールぐらい飲む人はあっても、ワインを傾けている人を見たことは一度もない、

 何気ない日常生活の一端でも、文化の違いは面白いものである。